›6 27, 2009
iPhoneから投稿
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›6 25, 2009
サリエーリ
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iPhone
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›3 24, 2009
ダークロ
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ダークロさんが沖縄に行きました。
ダークロさんからのメールです。
写真は全く関係ないです。
―――――――――
会社関係だから楽しいもんじゃないよ。人生が楽しいもんじゃないように。会社の金で美味い物食ったし、写真もいくつか撮ったし、つまらなかったわけじゃないけど。15分くらいで終わったけど体験ダイビングは印象的だったよ。力を抜くと沈むシステムを予習してたので、実際に仰向けで死んだようにしてたら、海面がゆっくりと離れていって、自分のはいた空気の泡が日光を浴びてキラキラと上っていき、なんだか生きながら自殺しているような感覚になった。
›12 04, 2008
気になること
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加藤智見『親鸞とルター 信仰の宗教学的考察』より
「M・ウェーバーは言う。『13世紀初頭に開創された真宗は、少なくとも一切の自力行を神聖化することを拒否し、阿弥陀仏への敬虔でひたむきな帰依の意識を強調した限りで西洋のプロテスタントに比較されうる』。また周知のようにプロテスタント神学者K・バルトは、親鸞の教えを『真の宗教』であるとし、キリスト教の信仰に非常に近いとした。」
カント
わたしは根っからの学者である。わたしは、知識に非常な渇望をおぼえ、それをさらに深めたいという苛立ちを感じ、進歩するごとに満足にひたるのである。かつてわたしは、これだけが人間たるものの誇りとなりうるのだと、信じていた。そして、無知の民衆を軽蔑していた。しかし、ルソーが、わたしの誤りをただしてくれた。
目のくらんだ優越感は消え失せ、わたしは、人間を尊敬することを学んだ。もしわたしが、つぎのことを信じないなら、わたしは普通の労働者よりも、はるかに恥ずべき人間であることを、知らねばならないだろう。すなわち、人間を尊敬するというこの考え方こそ、全ての他人に一つの価値を与えることができ、その価値からこそ、人間らしい諸権利は由来するのだ、ということを。
『実践理性批判』より
それを思うことが、たび重なれば重なるほど、また長ければ長いほど、ますます新たな、かつますます強い感嘆と崇敬の念とをもって、心を満たすものが二つある。それは、わが上なる星空と、わが内なる道徳法則である。
›7 26, 2008
Fw:
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徹夜明けで迎えた朝。朝日がまぶしい。慣れない煙草を吸ったら気分が悪くなり、吐いた。この頃、徹夜をすることが多い。徹夜をしてなにをしているという訳でもない。なんとなく眠れなく、夜を過ごす。天井を見渡し、そこにある模様を眺める。これは木を削って年輪のように見せかけているけど、その実プリントだ。板が6枚あるのだが、どれもこれも同じ模様なのだ。そのことに気付いたとき、なんとなくがっかりした。
数年前、部屋の照明を変えた。Tが以前使っていたものに変えたのだった。ぼくは最初この照明器具がいやだった。裸電球を2個だけ使うもので、部屋が暗い。その前に使っていたものは、蛍光灯を2本使う大変明るいものだった。蛍光灯もわざわざ白色にして、オフィスかなにかのように部屋を照らしていた。というのもぼくは本を読むからである。なるべく明るい方がよい。電球2つというとホテルのような明るさだ。
ところが、慣れるとこのホテルのような明るさがよい。落ち着く。読書をするときはスタンドライトを使う。これは蛍光灯を使う一般的なものだが、わざわざ蛍光灯を電球色に変えた。
徹夜明けで迎えた朝。カーテンを閉め切り、といっても遮光性のカーテンではないので、明るい部屋ではあるけれど、直射日光をさえぎった部屋で、布団の上でこれを書いている。今日は1日布団を出る予定はない。髪がぼさぼさでもう美容院に行かなくてはならないけれど。薬がなくなってきたので病院に行かなくてはならないけれど。読まなくてはならない本が数冊あるけれど。
›6 28, 2008
ダークロの日記
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6/24
風流れる。青空。勝手に梅雨明け宣言。そして夏来たり。日差しも流れる。キレイな光。物事の正しい景色。
625
風邪薬を服用し、一応、眠れた。なにかの副作用か、起きて30分ほど、時を吹き飛ばし、ひたすらなにもせず、ただ座っていた。ベランダのアップルミントは、曇り空に映える。今にも降りはじめそうな空。まだ梅雨に見えるが、たぶんもう夏。組織の成長と個人の成長を完全リンクさせ流通の拡大へ。ただ、個人は組織ではないので注意が必要。思いこみと自己分析の大きな誤解。個人の小さなフィールドは、自己の成長阻害。集団行動、会社生活。さまざまなパスを回していけば、だれかはゴールするはず。戦術の妥当性と同時に相手の技能に合わせたパス回し。売上のゲームメイク。サラリーマンファンタジスタ。発想を大きく転換させて、飛べ。大崎駅のパン屋で熟成カレーパンを食べる。小さいくせに220円でちょっと高いけどパンがフワフワしてて、マイルドなカレーが入り、食欲をそそる油で揚げられていて、とてもおいしい。
機会世界魔界カイ誓い妖怪近い
6/26
外が暗い。雨粒がパラパラと落ちているようだが、この程度なら晴れと呼んでもよさそうなものだろう。電車の中では、生きているのか死んでいるのかよくわからないような愚鈍そうなサラリーマンをよく見かけるが、こういうのと仕事するのは大変そうだ。生活や性格が固まってしまって、それが年月を経て腐っていく時にあふれ出す臭気。そんなことより頭脳回転。世界はすぐそこ。
6/28
曇り空に朝日昇る。湿気があるが、春のような気分。紅茶2杯飲んで出勤。なかなか意識がクリア。大崎で熟成カレーパンを食べる。おいしい。今週は楽だ。よかった。来週は大きなキャンペーンがあるからつらそうだ。来週の準備をしつつ、23時まで仕事。でも一分一秒を争うわけではないので楽だった。売上を上げるためには、成功のプロデュース能力が必要。単純で具体的な計画、誰しもどこかで活躍できる役割分担、雰囲気作り。個人は無駄口を叩かず、みんなが正しい方向へ進むことができるようなホスピタリティー。冷血な理詰めの方法論では間違いなく失敗する。しかし、共産主義の理想論が、ハイパー資本主義真っ只中で実現できるのか?
›6 01, 2008
秘密の結婚
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ドメニコ・チマローザの『秘密の結婚』を観てきた。幸せな時間だった。
›3 21, 2008
アイス
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100円アイスって値上がりして「100円」じゃなくなってた。
ガストのハンバーグ結構おいしい。399円。
›3 13, 2008
ドラクエ研究会ーーダークロより
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ドラクエ研究会そして伝説へ
「まあ、なんだな。過去の恥部をさらけ出して好きな女の子の気を引こうとしても、過去の経験からしてダメなのは分かってるんだけど。でもまた思わず過去の恥部をさらけ出して好きな女の子の気を引こうとして、さらにダメな経験がたまっていくんだけど。過去の恥部がまたその過去の恥部を呼んで無限増殖していくんだけど。だんだん話すこと多くなっていくんだけど。まあなんだな。その一種のバリエーションみたいな奴で、昔、ドラクエ研究会を作ったんだよ。おれと友達とかわいい女の子の三人で。ドラクエってあんじゃん。ジャムじゃん。それじゃあパンじゃん。わざわざ買ってきて、その女の子にあげたのさ。向こうははじめから欲しがっていたの
で大喜び。「ここの洞窟が分かんなくてねえ」と、おれ、電話しまくり。「ええ!そんなに進んだの?全然分からないよ。・・・え?ちょっと言葉だと分かんないなあ。ちょっと俺んちまで来て教えてくれない?」その当時もう一人の研究会員の友達には一度も電話しなかったな、私用でも。でもドラクエ買ってあげたんだけどな。おれ、一人で三つ買ったんだよ。ほんの一時期ドラクエと飯食ったりドラクエと映画見に行ったりド〓辜Nエとドライブしたりした。ドラクエ三昧の日々だった。で、ドラクエを攻略したかというと、その女の子が攻略できなかったように、ゲーム自体も攻略できなかったと・・・。で、まあ、いま、君の目の前にいるんだけど、よか
ったらPS2を買ってあげようか?ファイナルファンタジーをやろうよ。次回作が出る頃には、おれ、30歳越えちゃいそうだから、まさに「ファイナルファンタジー」。ピッタリの名前だよ。どう?どう?でも君相手だと、最強のロールプレイングゲームになっちゃいそうだなあ・・・・・・。難易度高そう。」
›3 11, 2008
WX330K
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で、また写真撮りました。
つまらない写真だけど、画質のテストっていうことでよろしくお願いします。
›3 10, 2008
WX330K
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›3 06, 2008
WILLCOM買いました
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久しぶり更新パソコン方が楽なんだろう久しぶりです哲学第一人間者書房民法案内総論債権出たのかな?お母さん謎の意味わかった?電車気を付けてだってね。予想外割です通話テスト前のメールはこっち送って送れないけど!予測変換で文章ですもない。千佳子ですもない。言い出してコーナン健太郎神大来てるならちょっと会いに行こう思ったそういう訳日常言語という哲学第一です?電車気を付けてだってあんまりサクサクしてないなぁ。まあ行こう。言い出してって!予測変換文章です?お母さんmicroSDカード買ってきた使えない、発売時期過ぎてる新刊今度会う時第一人形の家人間性です?お母さん謎の意味わかった?電車気を付けてだってあんまりよ。まあね、尊敬します。
›1 26, 2008
お腹が痛い
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ガストかどこかに行ったら、子供向けのメニューに30回噛みましょう、噛まないとお腹が痛くなる、虫歯になる、馬鹿になると書いてあった。馬鹿になるというのは、正確には噛むと頭が良くなるかもしれないと書いてあったのだけれど。正確には二つの命題は違うのだけれど、まあここではどうでもよい。
食事をしながら、数えてみたらぼくはほとんど噛まない。物によっては10回も噛んでいない。お腹が痛くなる持病はこれが原因かもしれない。それで、よく噛んで食べるようにしたのだが、これがかなり疲れる。柔らかい餃子とかもよく噛むと疲れる。途中で食べるのをやめたくなるくらいだ。
›12 15, 2007
カントとランスへの旅
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イマニュエル・カントとジョアキーノ・ロッシーニの『ランスへの旅』は全く関係がない。ロッシーニの美を認めたのはヘーゲルだった。そのあたりのことは水谷 彰良という音楽学者のロッシーニの本に書いてある。だいいち、カントの時代、ロッシーニはまだ生まれてさえなかった。カントの時代に活躍していたのはイタリア人ならパイジェッロとサリエーリ、ドイツ人ならハイドンとモーツァルトだ。その頃、江戸では常磐津が盛んで、長唄はその独立的な輪郭を整えようとしていた。なんでも、江戸っ子は常磐津がないと、一日でも我慢が出来なかったらしい。その後、常磐津人気は衰退していくが、幕末から明治初期にかけて、常磐津林中という大名人を
迎え、最後にして偉大な栄華を誇った(今でも断片的ながらCDなどで聞くことが出来る)。なにしろ、常磐津を越え、あらゆるジャンルの芸人たちが林中に憧れその芸風を取り込もうとした。長唄では四世吉住小三郎、清元では五世延寿太夫。九代目團十郎は林中を指名して仙台から東京に呼び戻して、『関の扉』を演じた。日本の音楽は世界に誇りうる伝統を持っているが、あらゆる日本の伝統がそうであるように、敗戦後、反動的なものとして扱われた。丸山真男が指摘するように、日本人は飲み込みの早さの反面、核となるものを持っていないのだ。われわれは音楽という最も感性的なものを失ってしまった!
さて、ぼくが書きたかったのはこういうことではない。最近ロッシーニを聞いていると、ひょんなことを思い出す。ぼくが大学1年生のころだった。東京芸大の声楽科の学生と飲む機会があった。彼女たちは歌がうまかった。尋ねられてロッシーニが1番好きだと言うと、彼女たちは失笑していた。しかし、今では日本でもロッシーニが音楽の愉悦の天才という評価は自明のものとなっている。
›11 21, 2007
マスカラ
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ぼくの長いまつげにマスカラを塗ってみました。本当に長い。
›11 20, 2007
Felice
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横浜のそごうにあるフェリーチェ(イタリア語で「喜び」)という名の喫茶店に行ってきた。ここのプリンは濃厚でとてもおいしい。バニラもふんだんに使われていて香りも心地よい。たかがプリンのくせに結構いい値段がする。そのくせ店の装飾品がどことなくちぐはぐしていて、不思議な店だ。団体客がいて店が混んでいることもあるが、たいていは静かだ。
何年か前にある人とフェリーチェに行く約束をした。ぼくは緊張に顔をこわばらせながら、家を出た。すると時を見計らったかのようにその人から電話があった。仕事で行かれないと言う。極度の緊張の糸が急に切れて、ぼくはひどく混乱した。なぜか、仕事だというのは嘘に違いないと思った。ふとひらめいたその思いつきは、瞬く間に確信となった。ぼくは翻弄されているのだ。ぼくはその人に何回も電話をした。仕事だから当然電話に出られるはずもない。しかし、電話に出られないという事実が逆にぼくの確信に証拠を提供することとなったのだった。
スタンダールは自伝のなかでパイジェッロの小姓にならなかったことを後悔している。スタンダールはスカラ座のオペラ初演日に関して、愉快なエピソードを書いている。オペラ初演日の朝、リブレットが発売される。スタンダールは意気揚々とリブレットを買い込み、部屋に戻るやいなや、それに節付けをする。「どんなマエストロの音楽よりも、わたしの音楽のほうが美しかった。」
ぼくにも似たような経験がある。中学生のころ、よく自前のシンフォニーを口ずさみ、あるいは、叫んでいた。それはモーツァルトやハイドンのどのシンフォニーよりも精緻な響きを持ち、美しいメロディーに溢れているようだった。また、バッハの影響でフルートとチェンバロのソナタを作曲した。これには相当打ち込んだ。ぼくの楽想を五線譜に書き込み、パソコンで演奏して、何回も手直しをした。が、このソナタは一部美しい部分があったものの、結局失敗だった。
このようにして、人生の大半は後悔から成り立っている。
›11 14, 2007
秘密の結婚
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チマローザの『秘密の結婚』(1792年、ウィーンで初演)は間違いなく傑作だ。このオペラはスタンダールが愛好していたことで知られ、ほとんどスタンダール絡みでしか語られることがない。それも、スタンダールがあたかも血迷ったかのように語られる。スタンダールはモーツァルトをも熱烈に愛した。そして、シェークスピアも。後者の二つはスタンダールの正当な評価で、チマローザに対しては時間の審判によると誤った評価、過大な評価を与えたと言われるようである。現に多くのスタンダール研究者が『秘密の結婚』に対して、否定的な態度を取る。
しかし、これは全く間違っている。ぼくの観察によると多くのスタンダール研究者には音楽的センスが欠けているため、チマローザを音楽家辞典かなにかで少し調べ、彼を勝手に三流作曲家と決め込み、そうした先入観から『秘密の結婚』を聴くのである。もともと、音楽的センスがないのだから、先入観を捨て去ることが出来ない。そして、こんな風に書くのだ。
「思ったよりは、楽しく聴くことが出来た」「意外にも、美しい音楽がところどころにあり、うんぬん」
全く馬鹿げた話しだ。『秘密の結婚』の音楽は全て美しく、情感に溢れていて、オーケストラの伴奏も同時代のパイジェッロなどと比べると、とても充実している。
ちなみに、チマローザの有名な音楽としてはレクイエムもあるが、この曲もオペラ的でとても美しい。モーツァルトの宗教音楽とは対比をなすものだ。
›10 21, 2007
ベートーベン
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ベートーベンの交響曲第9番を聴いている。今は第三楽章が一番好きだ。追想に耽ることが出来る、スタンダールは音楽の美点をそう語った。第三楽章を聴いていると、まだあらゆる可能性が残されていた頃を思い出す。当時はそれほど美しくなかったにきまっているけど、いま思い出すとそれはこの音楽のように純粋で無垢で無邪気だったように思う。
年をとるにつれ、無邪気さは失われていく。些細なことでも、何でも、それに備わる楽しさを見つけることが出来た。ぼくが好きだったのはしりとりだ。ここ何年もしていない。しりとりって発想が豊かでないと出来ない。なかなか馬鹿に出来ないゲームだ。
いまは自ら発想することも、老人のように億劫になってしまい、ただひたすら過去の作曲家たちの音楽に陶酔している。
何も産み出すことが出来ない。これほどの苦痛があるだろうか。心の中に何も材料がない。幼少の頃より芸術に親しんできたぼくにはとてつもなく恐ろしいことだ。
こうやってブログを書くことすらままならず、更新を怠っている。
›9 14, 2007
ジムニー
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お金が無いのに、ぼくたち夫婦は車を2台所有している。車ビンボーだ。でも、2台とも軽自動車なので維持費はそんなにはかからない。ぼくたちと書いたけれど、写真のジムニーはマニュアルなので、ぼくしか運転できない。妻はオートマ限定なので。このジムニーはもう16才だ。人間でいえばお婆さんというところだろう。あちこち、がたが来ている。でも、よく海外の映画なんか観ていると、相当ぼろっちい車が余裕そうに走っているので、まだまだいけるんじゃないかと思っている。
昨日オートバックスでエンジンオイルの交換をしてきた。10万キロ以上走っているので、堅いオイルを入れた方がいい。そして、堅いオイルは高いのだ。おまけにオイルがどこからか漏れているらしく、マフラーから薄い白煙が出てくるので、添加剤として上がり止めも入れた。不思議なのが、量り売りと称して軽自動車用に3リットルでオイルを売っているんだけど、上がり止めを入れると2,2リットルしか入らない。残りはくれなかった。なんか納得がいかない。
›9 12, 2007
スタバ
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›9 05, 2007
ミラノ
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妻とドトールに行った。ミラノサンドAとアイスコーヒーのラージとアイスカフェラテのスモールを頼んだ。ぼくはアイスコーヒーを飲んだ。ミルクを3つ入れて。妻のアイスカフェラテと比べても味はあまり変わらなかった。喫茶店でぼくはコーヒーをゆっくり飲む。妻はあっと言う間に飲んでしまう。アイスカフェラテもかき混ぜながら、あっという間に飲んでしまった。ならラージを頼めばいいのにとも思うけど、最近水分がとれないと言う。うさぎかりすみたいにミラノサンドAを食べる。
小さな手で小さな口に運んで。
これ、こんなにマヨネーズ入ってたっけ?
入ってるときもあるし、作る人によって違うよ。
やっぱり、そうだよね。おいしいね。
おいしいよ。
妻はぼくにミラノサンドAを突き出し、ぼくは一かじりする。ちょっとだけ。妻に食べさせたいから。
ちょっとだけ会話して、帰った。
›9 02, 2007
アンナ・カレーニナ
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友人のヤマダさんに禁酒を勧められて、今日は紅茶で過ごしている。アンナ・カレーニナなんかを読みながら。
紅茶っていうものにはカフェインが含まれているのだろうか。飲み過ぎて眠れなくなっちゃうと困る。
ところで、織田作之助は1日に100本も煙草を吸っていたそうだ。ぼくも煙草を吸うけどそんなには吸わない。1日20本ほどだ。ぼくもなにかことあるごとにこれ1本吸ってからとよく思う。出かけなくてはならない、じゃあ1本吸ってから。シャワーに入る前なんて2,3本吸う。そういうとき織田作之助のように人生を浪費しているなとは思わない。
なんで、こんなに倦怠感に襲われ、煙草が倦怠感のはけ口になるのか不思議に思う。近頃はもっとひどくて、煙草を吸う気にすらなれないことがある。億劫なのだ。もう10年以上、煙草を吸っているが、こんなことはない。
›8 29, 2007
泡盛を飲みながら
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ぼくの父はアル中で死んだ。肝硬変だった。ひどい黄疸で、顔は真っ黄色で、目の白い部分まで黄色だった。最後、父は半ば自ら死ぬつもりで酒を飲んでいた。それは家計上の問題でもあり、父がこの世で居場所を喪失してしまったということでもあった。父は大変な慈善家であった。自分が弱者でありながら、弱者を見ると黙ってはいられない性質だった。若いときから誠実だった。父は学生運動で日芸の副委員長を務めた。学生運動が終結したとき、正確にいえば敗北したとき、学生としての本分を遂げるのかと当局に聞かれたとき、父は否と答えた。自分の成したげたことに誠実でありたい、父の願いはただそれだけだった。
父の友人たちはこぞって、当局の要求をのんだ。しかし、父は彼らを非難することは決してなかった。父は黙って大学を去った。ぼくはそんな父をひ弱だと思った。現実の就職やらなんやらを配慮し、当局と和睦した彼らを非難する資格が父にはあるのではないかと。年老いて、時に彼らに卑屈になる態度にぼくは激昂さえした。
若さ、これは永遠の美徳である。しかし、誰にも(そう、一人残らず!)、それは一瞬のものだ。ぼくも30代の半ばを迎え、いまだなにも成し遂げていないことに、非常な腹立ちを覚える。友人を見渡すと、それなりに成果を出した人もいる。ぼくは一体なにをなしてきたのだろうか?なにもしていない!なにも、なにひとつさえしていない。
そんなことを考えるとぼくにも黄疸の兆候くらい見えてもいいんじゃないかと思うけど、それもままならない。なにごとにおいても中途半端だ。なぜ父を責めることができたのだろうか?
魔笛
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ケネス・ブラナー監督の魔笛を観てきた。1回は妻と。もう1回は一人で。魔笛は不思議な物語だ。勧善懲悪の物語なんだけど、善玉と悪玉が途中で入れ替わる。このちぐはぐに人々は大いに頭を悩ましてきた。ある人はそれは矛盾であり三文小説より下らない、魔笛はただモーツァルトの音楽のためだけに未だに価値があると考え、ある人はそれは矛盾などではなく、意味のある転換であると考える。ゲーテは後者だったらしく、魔笛を観て自らのファウストをオペラ化出来るのはモーツァルトだけだと述べている。
ケネス・ブラナーの演出はすばらしく、これまで何回か魔笛を劇場で鑑賞したけれど、はじめて好きになった。奇をてらうところがなかったのと、愛の物語にフォーカスしたのが良かった。魔笛には色々な要素があるので、どこに力点を置くかでずいぶんと違った印象になる。何かしてやろうという演出家の気持ちは分かるけど、あまりやりすぎるとひどい有様になる。この前、新国立で観たセビリアの理髪師がまさにそうだった。この楽しい喜劇をよりおもしろく仕立ててみせようという魂胆が丸見えで、すっかりしらけてしまった。セビリアの理髪師は普通に上演すればそれで十分楽しい(歌手がちゃんと歌えていれば)。だから、どぎつい演出などではなく
スパイスをきかせた上品なユーモアの方がたいていうまくいく。もちろん例外は付き物でどぎつい演出がうまくいった例もあるにはある(1976年のニューヨークシティーオペラの公演)。
›8 16, 2007
転調
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妻が転調の作業をしている。恩師に頼まれたらしい。妻はなにも頼りにせず、転調が出来、それは一種の特技とも言えるのに、本人は誰でも出来るよ、と言う。清書も兼ねてボールペンで書いてしまっているので、誰でも出来るっていう訳ではない。
何か書こうと思っていたんだけど、忘れてしまった。昨日思いついて、一度忘れ、寝る前ヒルベルトの「公理的思惟」を読んでいる時、また思い出した。起きたらまた忘れていた。
忘れてしまったせいか、それはとても素敵なアイデアだったような気がしてならない。とても素敵で魅惑的なメロディーのように。
ところで、友人の友人にリンクを頼まれた。こんなブログにリンクしてなにか実益があるのだろうか?が、2週間くらいパソコンの電源をつけていないので、まだしばらくかかりそうです。ウィルス対策ソフトも更新切れしているらしいし、近いうちにやります。
このような通信機能を備えたPDAがあると、これでことが済むことが多いので、パソコンが面倒になる。機動に時間もかかるし。
友人からメールが来た。全てうまくいくように!ぼくたちのかけがえのない人生になんたらと。彼は20代のころ読んだウィトゲンシュタインの有名な伝記を通して、ラジカルな倫理的人間になった。ぼくはと言えば、最近同じ本を読んでひどい毒気に当てられた。ぼくは才能の無いウィトゲンシュタインだ。
日本音楽についても書きたいことがあったんだけど、またいずれ。
›8 03, 2007
明日は
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明日はハットリくんのおさそいでダークロときんたろうと野球を見に行く。野球を見るのはハットリくんに誘われて以来だから何年ぶりかな。あのころ、まだダークロは結婚していなかったんじゃないかな。たしか。
横浜対どこなんだろう?基本的にスポーツにまったく興味がないので、分からない。分からないと言えば、実は野球のルールもちゃんと知らない。まあ、世の中そんなもので生きてはいけるものだ。
ダークロはぼくの分裂気味な行動におそれをなしたのか、変なメールをしてきた。現実はわれわれが想像している以上に多様なのだ。そのことに気づかないのはサラリーマンの限界なのだろうか?
ぼくはと言えば、平日のこんな時間にドトールにいる。さっき美容院にも行ってきた。出来れば、このすっきりとしたヘアスタイルもお見せしたいけど、見たい人もいないだろうから止めておきます。
ドトールで好きな本を読む(なかば義務的ではあるけれど)。こんな生活もあるんだよ。いいじゃん。
›7 29, 2007
つまらない問題
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わたしはわたしの罪が因果応報でわたしのところへ、いやらしい微笑をもって帰ってきたのだと思っている。わたしを苦しめる問題はたいしたものではない。たいていの人々のたいていの問題がたいしたことのないのと同じだ。しかし、客観的にたいしたことのない問題でも、本人にとっては非常に意味がある場合がある。わたしの多少なりとも思弁的といえる活動は、このたわいもない問題によって停止してしまった。わたしは、たわいもない問題によってわたしのより重要な問題がおざなりになっていることが、更に問題であることを認識してはいる。しかし、心のもっと情緒的な面がわたしの悟性がわたしに命ずる指示を無視する。無視するばかりでなく、情
緒的な側面が勝利し、わたしの心を乗っ取ってしまった。もともと、情緒的なわたしは「情緒的なわたし」の奴隷と化した。
わたしは「情緒的なわたし」との静かな戦いに勝たねばならない。それは剣と剣とがぶつかり合う音もせず、ラッパの音もない不気味な戦いだ。なぜなら、「情緒的なわたし」はポオのカラスのように深夜にひっそりとわたしのこころに攻め行ってきて、わたしをすっかり腑抜けにしてしまったから。
くだらない喩えは止めよう。
書くこととは思考することだ。こうして少しだけでもわたしの問題について書いただけで、淡い希望を持てる。
›7 23, 2007
尾瀬
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妻と尾瀬に行ってきた。山道を下っていくと、見渡す限りの湿原が現れた。湿原のまわりを低い山々が囲んでいる。ぼくたちは湿原の中に設けてある木製の通路を少ししゃべりながら歩いた。帰りのバスの関係からどこまで行って引き戻してくるのか考えなければならなかった。ぼくは疲れてしまい、少し休もうと言って、朽ちかけたベンチに座った。宿の人に山だから天気が変わりやすいと言われて、ぼくたちは傘を持参していた、ところが快晴で雨は降りそうにもない。傘はホームズのステッキのような役割を担っていた。傘の先で色々な茂みをつつく。傘をぶらぶらさせてぼくはすっかりホームズの気分になっていた。それで、ぼくは隣に座る老夫婦のしゃべ
ることに聞き込んでいた。夫が妻に尾瀬に伝わるいにしえの物語を語っている。老いた妻はああ、そうですかと聞いて、時折あれはなんですか、と尋ねる。ぼくは素晴らしい自然の中でそういった会話に触れすっかり感動してしまい。妻にどうしたの?と聞かれたが、答えることが出来なかった。
ぼくたちはまた歩き出した。カエルの合唱が聞こえてくる。サラウンドで。すぐ足下にもカエルはいるようだった。ぼくはホームズのステッキで足下をつついた。妻も茂みをつついた。しかし、カエルはいない。
妻と相談して決めた折り返し地点まで来た。ぼくはすっかり体力を消耗していた。妻は、頑張ってと言ってぼくをリードして歩き始めた。時折、ぼくがきちんと付いてきているか確認するため、後ろを振り返りながら。ぼくはまたしても不思議な感動に襲われた。
›7 20, 2007
テスト
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ご無沙汰してます
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半年以上も更新していない。私生活上、色々な出来事はあったけれども、公表するようなことはない。更新しない一番の問題は詩的な気分になれないということだった。ぼくの文章は詩的という訳ではないけれども、ほとんどが詩的な気分で書かれている。詩的な気分になるには孤独が必要だ。ぼくはそれほど孤独ではなかったし、今でも孤独ではない。孤独というとルソーを思い出す。ルソーを思い出すと、デリダを思い出す。最近、デリダの『法の力』を読もうと思い、入門書を読んでいた。周知の通りデリダはルソーのエクリチュールの軽視を問題にする。そこで、ぼくは少し思った。われわれ日本人には西洋人と違い、書かれたものに対する軽視はないの
ではないか。状況はむしろ逆で『西遊記』で三蔵法師がお経を天竺まで求めたように、わざわざ命を懸けてまで渇望し重視するものなのではないか。天竺にある経典には、われわれを苦悩から救ってくれるあらゆる知識が書き込まれている。われわれはあるいはそれを読むだけで、唱えるだけで救われるだろう。
ところで、今、この文章を昨日発売されたWILLCOMの新しいスマートフォンで書いている。非常に秀逸な機械だ。パソコン並とはいかないけれど、かなりストレスなく文章を書くことができる。ケータイでこれだけの長さの文章を書くのは不可能に近い。この機械にはキーボードが付いているので、これからぼくのよき日記帳になってくれるだろう。
という訳で、これからなるべく更新します。
›9 18, 2006
nico.
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ニコ買いました。通話とメールしか出来ません。画面も昔のケータイみたい。もちろんカメラも付いてません。Javaなんかカメラがないくらいだからありません。ネットも出来ません。
でも小さくて可愛くてシンプルでいい。
メールの送受信も異様に早い。
auとかWILLCOMは遅いよね。パソコンみたいなメーラーが搭載されているWILLCOMが遅いのは理解出来るとして、auのメールの遅さはいったいなんなんだろう?
という訳でニコからの初投稿。
›9 03, 2006
お散歩
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›8 14, 2006
吉祥寺にて
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›8 09, 2006
ITO-YA
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伊東屋のオリジナル文具を買い揃えた。前から使っていたんだけど、シャーペンがだめになってきてしまって、1本だけ使ってると、いざという時不安だからまとめて注文した。とても書きやすくて一度慣れてしまうと、他のものを使えない。
一番手前に写っているのはPelikanの万年筆。これも書きやすい。子供用で万年筆をうまく持てるように、グリップのところにゴムのガイドが付いているのもいい。万年筆なんてずいぶん前に安くて全然だめなのを使ったことがあるだけだから、こういう配慮はいい。これも安いんだけど、安い日本製のよりはいい。安い日本製の万年筆というのは、妙に高級万年筆を模して作ってあるから、なんだか気持ち悪い。書きにくいし。これは見た目通りプラスチックで、変に背伸びをしていないのがいい。そういえば、車もそうだ。大衆車である我がプントも全く背伸びをしていないところが魅力的だ。安っちい造りがかえって好感に結びつく。安くて何が悪
いの?というような開き直りが心地よい。
伊東屋オリジナル文具は安くはないけど、素晴らしい。車で言うと、優秀なトヨタ車みたい。
›8 06, 2006
憂鬱
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なんでこんなに憂鬱なんだろう。夏だというのに、ぼくは枯れ葉のようだ。なにもする気がない。すでに役目を終えた枯れ葉のようにただここに存在するだけだ。言葉も出ない。かつては言葉が溢れ出ることもあったが。窓の外の夏の雰囲気、夏の気配、夏の音を感じながら、ぼくは冬眠するかのようにただ寝っころがっている。ひどい。ふと思う。みんなすごいな。なんであれほど行動力に充ちているのだろう。なんで、寝っころがっていないで、行動してるんだろう。誰に対してもそう思う。なにかのイベントで朝から行列している。ぼくにはそんなことは出来ないし、したくもない。しかし、その行動力にただただ驚くばかりだ。ぼくは出来ることなら、家に
いる猫みたいにずっと寝ていたい。そして、実際そうしていることも多々ある。猫っていうのはなんであんなに寝ていることが出来るのだろう。ぼくがずっと寝ていると、顔はむくむし、頭痛はひどいしで、うんざりするんだが。イリヤー・イリッチ・オブローモフ!ぼくはほんとにあんたみたいだよ。ハムレットじゃない。ハムレットのぐずぐずしているところはどこか高潔さを感じる。漱石の登場人物でもない。彼らのぐずぐずしているところもなにか訳を感じる。イリヤー・イリッチのぐずぐずしているところはただただ、彼のだめさからだ。彼にも美点はある。それはしかし、彼のだめさと裏腹なものだ。彼は優しい、しかしそれは彼が優柔不断で問題を表面
化したくないからだ。彼は知的だ、しかしそれは彼がただたんに現実的でないからだ。このロールカーテン、ぼくはこれを何百回と見たことだろう。このロールカーテンをぼけっと見ているとき、ぼくはひどい憂鬱にとらわれている。
›8 05, 2006
続オブローモフ
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友人の青木さんが『オブローモフ』が映画化されていることを教えてくれた。どんな映画なんだろう。ぼくも観てみたい。主人公イリヤー・イリッチ・オブローモフはどうしようもない男だ。まるでぼくのように。ほんとになにもしない。起きてからずっと顔を洗わない。しかし顔を洗わないとなにもできない。村から手紙が来ている。年貢が減るという。どうにかしないと!でも、その前に顔を洗わなくては!いや、顔を洗う前にやはり対策を考えておくべきかもしれない。顔を洗うのはその後だ。でも、顔を洗わなくてはなにもできない!まるで、ぼくがシャワーに入らないとなにもできなく、そしてシャワーに入ることが人生の一大事であって、入ることを逡巡しているかのように。ぼくはほんとにイリヤー・イリッチのようだ。「彼は家で何をしていたのか?読書か?執筆か?勉強か?そう、もし何かの本なり新聞なりが手近にあると、それを一通り読んでみる。なにか素晴らしい著述の噂を聞くと、その内容を知りたい欲求を感ずる。彼は探したり、人に頼んだりして、まもなくその本を持ってきてもらうと、早速それに取りかかって、次第にその内容についてある観念が形づくられ始める。もう一息でその書物が身につくところなのに、今度見ると、もう彼はうつろげに天井を見つめながら寝そべっていて、本はその傍らに放り出してある。読みさしで、理解されないままに。」ぼくのことですか?
›7 31, 2006
W-ZERO3[es]と青空文庫
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W-ZERO3で付属のソフトウェア・ブンコビューアを使って青空文庫のテキストファイルが読めることは前にも書いたとおりですが、W-ZERO3[es]でも全く同じでした。ブンコビューアのフォルダにテキストファイルを入れておいて、ブンコビューアを立ち上げると、該当ファイルを読めます。GSfinderとか、解凍を出きるソフトを入れておけば、W-ZERO3[es]単体で、好きな本を探してダウンロードして、読めます。ブンコビューアの最初の設定だとなんだか貧弱なので、文字間や行の間を適度に狭めて、フォントを太くするとかなり読みやすくなります。ところで、W-ZERO3[es]はキーボードの取りこぼしが激しい
ですね。ぼくのが壊れているのだろうか?
›7 29, 2006
調子こいて連投、そしてチーズバーガー
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徹夜明けで高田馬場の病院に来た。馬場はいつ来ても汚い街だ。なんというか品性のかけらもない。病院はいつも込んでいるので今日も長丁場を覚悟していたけど、今日は診察が始まる前に行ったこともあって2番目だった。一眠りしてから来ようと思っていたんだけど、寝ないで来て正解だった。あの病院の待合室でひどい時は2時間くらい待つと、本当にひどい病気にかかった気になる。診察が終わって、診察室から出てくるとかなり人が待っていた。みんな暗い顔をしている。病院って嫌だな。
医師にあることを告げると、それは初耳ですね、いつからですか?と驚いていた。話していなかったっけ?
診察も終わったので、一休みするためにマクドナルドへ。なんでこんなに込んでるんだ。貧乏人どもの巣窟だなと、貧乏人のぼくも思う。楽器持ってる若者が多い。あれだ。ESPだ。確かそんな名前だったよな。あのよく分からない学校。
ところで、マクドナルドのチーズが厚くなった。きんたろうさんが気付いて教えてくれた。確かにこれは気のせいじゃない。見た目からして明らかに厚い。そしてチーズバーガーがチーズの味がする。チーズ!今までのチーズバーガーはなんだったのだろう?
›5 11, 2006
ばあさん
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ばあさんは言った。こんなにたくさん本があってあんたは賢いのかね、ばあさんが家を去ることになった前夜、ばあさんを初めて自分の部屋に連れてきて二人でチューハイを飲んでいた。ばあさんはぼくによく偉いねと言った。そんなに勉強が好きなのかね、あんたは偉いね。偉くはないよ、こんな本はみんなすべて道楽だ、ぼくはそう言いたかったが、ばあさんがうれしそうにしているからぼくは黙っていた。
もう一杯飲んでもいいかね、ぼくは缶チューハイを開けてあげて差し出した。あんたは優しいね。母がばあさんが酒を飲むのを極度に嫌うので、ぼくとばあさんはぼくの部屋で別れの酒を飲んでいたのだ。それにぼくは母のいないところでばあさんの気持ちを確かめたかった。
ほんとに家を出て、あの男と一緒に暮らすつもりなのか、嫌だったら家にいてもいいんだよ。
ばあさんは昔から猫が好きで犬が嫌いだった。ばあさんが家に来てしばらくしてトイプードルを飼うことになった。ばあさんははじめ子犬にどう接したらいいのかよく分からないようだった。しばらくすると、一緒に遊びだした。というのも、家人が留守にする際、ばあさんに子犬の面倒をみてもらっていた。その間に愛着を持ったのだろう。
ぼくが仕事から帰ってきたある夜、ばあさんは一人でテレビの前に正座し熱心に何かを観ていた。犬の特集をやっていた。トイプードルは頭がいい、どうやって遊ぶと喜ぶのか、どう教育すべきなのか、そんな内容だったらしい。放送していた内容をぼくに熱心に聞かせた。ほれ、と言ってボールを投げた。それを子犬が取りに行く。ばあさんは子犬を可愛がった。しかし、母の前ではそういったそぶりを見せなかった。子犬とばあさんだけがいるとき、ぼくがいるとき、ばあさんはそうやって遊んでいた。
家にいてもいいんだよ、おれがどうにかするから。佳代子にもあんたにも迷惑をかけられない、それに何十年もあの男といたから不憫だ。いつでも帰ってきてと言うと、ばあさんはいいんだよと言ってはぐらかした。ぼくはばあさんに大きな字でぼくのケータイの番号を書いて渡した。なにかあったらすぐに連絡するようにと言い聞かせた。そして母に隠れて二人で中華料理屋に飲みにいったことなどを懐かしく語った。
次の日、ばあさんは夫と出ていった。ぼくは仕事があるから送って行くことができなかった。
それからばあさんと会うことはなかった。
電話で何回か話したが、やはり犬のことが忘れられないようだった。もうすっかり大人になったよ、ばあさんは口には出さなかったが会いたい気持ちであることはぼくには分かった。ぼくが会いに行くと言うとばあさんは嫌がった。夫がぼくをひがんでいるし、あまりに汚い住居で恥ずかしくてあんたには見せられない。見ない方がいいよ、あんたには無理だよ。
日曜、ばあさんは死んだ。一人で、誰にも看取られることもなく、無機質な病院で。ぼくは泣いた。
›4 17, 2006
銭湯通い
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久しぶりの更新で、すいません。
おそらくだれも更新を期待してはいないと思うけど、一応謝罪しておきます。
更新していなかったのには一応理由があって、それは生活環境ががらりと変わったからです。どう変わったのかはおいおいと書きます。たぶん。でも、このブログで「いずれ書く」と言っておいて書いたことはないんですが。
テレビを観る時間もないほど忙しいんだけど、といってももともとぼくはテレビをあまり観なかったけど、今日はN響アワーを観た。モーツァルトとショスタコーヴィチの特集だった。モーツァルトは生誕250年。ショスタコーヴィチは生誕100年。比較し共通点を探るということだったけど、共通点としてあげられていることはなんだかよく分からなかった。まあ、そんなもんだろう。モーツァルトは「ハフナー」、ショスタコーヴィチは「革命」。どちらも中学生くらいの時、よく聴いた。音楽というのは不思議なもので、聴くと当時のことをよく思い出す。音楽が記憶を呼び起こすのだ。それもふつうの記憶となにか違って、五感を伴う記憶を。
その後、銭湯に行った。家の給湯機が壊れてしまって、ここ何日間銭湯通いだ。一人で、もちろん周りには他に客がいるが、湯船につかっているといろいろなことを考える。
以前も書いたと思うけど、われわれの人生はあまりにも短い。たとえば、ぼくは学部の卒論を書き直したい。テーマが広がりすぎて、うまくまとまらなかった。そして、今でもその事柄に関して興味を有しているので、あんなゴミくずのような物を到底容認出来ない。
大学に8年間も通っていたのには様々な要因があるけれども、卒論も一つの要素だった。納得のいく物を書きたい、しかしテーマがテーマだけに構想をたてては破棄し、一からやり直しの繰り返しだった。ぼくは英文科にいたけれども、解釈の手法として精神分析を用いたので(げんに精神分析批評というジャンルはある)、担当教授も訳が分からず、というのも英文科の教授はある種の批評理論に疎いというか極端に言うと敵視すらする風潮があったので、教授も大変だったと思う。おまけにぼくは少し病んでいた。にもかかわらず、教授はたいへん面倒をみてくれたのでいまでもたいへん感謝している。
卒論を書き直したい、また卒業後、漱石の高等遊民のようにのんきに関心・分野を広げ本を読みあさっていたので、どう考えてもそれらを網羅することは出来ない。そういう意味で人生は短いと言うのだ。
アルトゥール・カウフマンは『法哲学 第二版』でブルックハルトを引用している。
「諸科学では、‥専門家としてしか大家であることが出来ないし、またそうあるべきである。しかし、‥自らの負担で自分の認識を増強し、諸々の視点を豊かなものにするために、なおできるだけの多くの別の場所で、人はディレッタントであることが求められるであろう。そうでなければ、ひとは、専門性を超えるすべてについて無知であ(る)。‥しかしディレッタントにとっては、彼が諸事物を愛するがゆえに、様々な場所でもまた自らがまことに深められることが、おそらくは彼の生活の流れのなかで可能となることであろう。」
知と人生の有限性については岩波文庫から出版されているカントの『啓蒙について』のどこかに書かれています。興味のある方はどうぞ。
写真は大学院の建物の横。気分がよくなる、爽やかな香りに満ちていた。

›3 01, 2006
WX310Jの変換は変態的
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ウィルコムの通称「京ぽん」から日本無線のWX310Jに機種変更した。
電池の持ちが悪くなってきたし、メール作成での文字入力のもたつきにいいかげん我慢が出来なくなった。面倒でメールに返信しないこともあったくらいだ。でも、目指すコンセプトは素晴らしく、あれほどいじくりまわしたケータイはこれまでになかった。見た目が証拠で、傷でぼろぼろだ。まあ、作りが安いっていうのもあるかもしれないけど。 すでにW-ZERO3を持っていたので、音声端末でネットもしないし、カメラもいらないので、形が好きというだけの理由で日本無線の新しい端末、WX310Jを選んだ。
指紋認証デバイスが十字キーを兼ねているなど、いろいろと面白いんだけど、その辺はあちこちに詳しく書いてあるので、ぼくの出番ではない。 どこにも書いていない、あるいはぼくが見落としているだけかもしれないけど、変態的な機能を発見した。予測変換が変なんです。著しく変!
こんな感じ↓
Hegel
Russell
Boer
Kant
Platon
Aristotle
Marx
Freud
syntax
tautology
semantic
Moore
Keynes
Hilbert
Othello
Shakespeare
Bach
Beethoven
Mozart
だれがこんなの使うのか?ぼくには便利だけど。
サンヨーのも一緒なのかな?
この辞書作った人と話してみたい。
›2 05, 2006
W-ZERO3と青空文庫
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ダークロにこれを見せたら、PDAかと言われた。PDAかケータイか一部で議論しているようだけど、まあ、どっちでもいい。PHSと無線LANが付いたPDA。電話としても使えるし、簡易なパソコンのようにも使える。
購入してから一月半くらいしてだいぶ使いかっても分かってきた。ブラウジングはもっぱらこれを使っている。おかげでパソコンの出番がめっきり減った。
PDAといえば以前CLIEを使用していたことがあった。まさに電子手帳で、そんなに忙しくないので(暇なので)、スケジュール管理もまともに使わず、メモ書きもスタイラスを使って書くよりは、紙に書いた方が早いので、ほとんど使用しないままお蔵入りしてしまった。そんな中で、唯一便利だったのが、青空文庫で配布されている、著作権の切れた書籍を読めることだった。
漱石や芥川などを読んだ。なかなか書店で目にしない、珍しい作家のものを読むこともあった。
このW-ZERO3でもどうにか、青空文庫で配布しているテキストファイルを読めないものかと、調べてみたんだけど、漫画を読むソフトウェアなどは見つけたが、探しているものは見つからなかった。
ところが、灯台下暗しというのか、プリインストールされている文庫ビューワ(ブンコビューア)というソフトでテキストファイルを開くと、ちゃんとルビ付で読めるじゃないか。このソフトはシャープが運営するサイトから独自の形式の電子ブックを購入した際に使うんだが、なんとテキストファイルにも対応していたのだ。
そういうわけで、近代文学をただで読み三昧という素敵な機械に変身してくれました。変身というか知らなかっただけなんだけど。
›1 26, 2006
冬
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冬になると「薔薇荘」での生活を思い出す。築35年くらいのぼろアパートで、すき間風が耐えない。どこから風が侵入してくるのか、探してみては、ガムテープで塞いでみた。
しかし、それは、まったくの徒労だった。
エアコンを30度くらいに設定して、がんがん効かせても、一向に部屋は暖まらない。
仕方なしに布団にもぐる。そのまた、布団が布団ではなく、こたつ用の布団だった。持っていた冬用の布団は捨ててしまったか、誰かにあげたか、忘れたけれど、夏用の薄い掛け布団に、こたつに使う布団をかけ、もぐりこむ。ちっとも温まらない。こたつに使う布団は、こたつそのものが、熱を発しているのだから、それを維持すればいいわけで、就寝用の布団とはまったく役割が違うのだ。
布団にもぐりこみながら本を手にする。しかし、手がかじかんでどうにもならない。10分もすると、本を投げ出して、布団にもぐりこむ。
›1 19, 2006
野菜たっぷりのサンドイッチ
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眠れずに朝になった。外はもう明るい。
ケンタローと何通かメールのやりとりをして、その他、ネットで調べものなどしていた。
パソコンというのはたいへん使いやすくはなったけれども、それにしてもデスクトップの場合は、机に座ったり、ノートパソコンだと寝っ転がって、使うことも可能だけれども、ケータイに比べるとやはり、めんどくさい。
今ではあまり使わなくなった言葉だが、ネットサーフィンをお気軽にするには、一般的な家電製品よりも敷居が高い。
ネットサーフィン、この単語は一時期、とても魅惑的な単語だったけれど、いまではほとんど聞かない。なんでだろう。
それはともかく、このW-ZERO3を手に入れてから、あまりにお気軽にネットサーフィンをすることができるようになった。いま、布団にもぐってこれを書いている。最近、ぼくはあまりパソコンを使っていない。ネットはほとんどこれで見ている。
メールもそうだ。こうやってケータイ(?)で用を済ましている。ブログの更新もしかり。
ネットをお気軽にどこでも使える。これがいいことなのかどうかは分からない。一つだけ言えることは、こうやってお気軽に徹夜してしまう可能性が広がるということ。
›1 14, 2006
子犬とマトバマサル
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去年の12月に子犬が生まれた。
1カ月と少しで、もうすっかり赤ちゃんではなく、子犬となって、親犬たちと遊んでいる。
まったく、不思議だ。
人間の成長には時間を要する。
犬はたった1年で、成犬となる。
その分、寿命も短いが。
何かの本で、犬の一日は人間の一週間に相当する、と読んだことがある。まったく違ったものを比較しているので、正確にはどういうことを言わんとしているのか、分かりかねる部分もあるけども、犬の時間は人間に比べて濃密というなのだろうか。
それにしては、たいてい、寝ているけど。
先日、大学時代の旧友、横関とダークロとマイちゃんとで、酒を飲んだ。久しぶりに会った横関は、予想に反して、まったくおっさん化しておらず(かれは21歳のときから妙に大人びていたということもあるかもしれない)、「見た目」は若かった。
久しぶりの再開にもかかわらず、ぼくたちは早稲田大学第一文学部の学生だったときと同じように、文学や革マルの話に興じた。
また、話題は行方不明になったマトバマサルに及んだ。マトバマサルがいまどこで、なにをしているのか、だれも知らない。
マトバマサルは中途半端な革マル運動家で、中途半端なマルクス主義者で、中途半端にドイツ語を話し、完璧なアル中だった。
マトバマサルの趣味はマルクス主義関連の高価な書籍を買い、まえがきと解説を読んで、立派な書棚に飾ることだった。決して本文は読まない。それがマトバマサルのポリシーだった。
マトバマサルのもう一つの趣味はキャバクラ通いだった。ぼくに最後にかかってきた電話は「キャバ嬢落しの必殺テク」を考案したから、特別に教えてやるという内容だった。しかし、どう考えても、ぼくにはそれが「必殺テク」には思えなかった。
マトバマサルを最後に目撃したのはダークロだ。池袋のリブロでばったり出会ったらしい。パンクかなにかに影響されたのか、真っ赤な髪の毛で、目は相変わらず座っていたという。やはり飲んでいたのだ。影響されたのかもしれないが、決してパンクになりきれず、ここでも中途半端なマトバマサルはホームレスのようだった。また、マルクス主義の本でも買いに来ていたのだろうか。
ダークロは身の危険を感じ、逃げた。
それから、マトバマサルを目撃し、マトバマサルと会話したものはいない。
›1 01, 2006
謹賀新年
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明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
去年、中頃から、いろいろと環境の変化があって、今年は面白い年になりそうです。
ところで、久しぶりに徹夜。テレビを見たり、Tと話したり、なにをしたわけではないんだけれど、もう6時です。
そろそろ、初日の出の時間かな。でも、見る気力がないです。そもそも初日の出なんて見た記憶もないが。
理髪師のお年玉企画として、先着10名の方にGmailの招待状を送ります。たいしたものじゃなくてすいません。
すでに利用している方も多いと思いますが、とても便利で賢いメールサービスです。無料とは思えない。
利点は1.容量が2.6ギガと、とてつもなく大きい。
2.Webメールがシンプルでいい。広告も出るけど、気付かないくらい。Gmailの画面を見てヤフーメールやホットメールを見ると、ごてごてしていて「うざい」。スレッド表示などの便利な機能もある。
3.迷惑メールフィルタがとても賢い。
4.メーラーで送受信する場合、送信、受信ともSSLを使用するので、メールを盗聴される危険性が減少する。
と、とてもいいサービスなんですが、すでにGmailを利用している人から招待してもらわないと、使えない。簡単にアドレスを取得できるようにすると、ヤフーメールのように迷惑メール業者の温床になってしまうからなのかどうか、理由は詳しく知らないんだけど。本国アメリカではケータイを使って個人を特定するとだれでも利用できるようになったらしいけど、日本ではいまだ紹介制です。
で、先着10名の方に招待状を送ります。
hanagaki@gmail.com
まで、ブログ見た、招待状くれ、のようなメールをいただければ、お送りします。誰だか特定されたくない方はフリーメールで捨てアドでも取得して送付していただいても結構です。
それでは、今年もよろしくお願いいたします。
›12 31, 2005
おおみそか
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文字通り、あっという間に、おおみそか。30日はダイエーに買いものに行って、家でちゃんこ鍋を食べた。
29日はディズニーランドに行って来た。29日からほとんどの人たちが休みからかとても多くの人がいた。多くの人たちが思うだろうことをぼくも考えた。なんで、こんなに人がいるんだ。みんな物好きだな。こんな日に来るなんてばかげている。そう周囲の人々を非難するとすぐに論理的誤謬に陥っていることに気づいた。非難する資格はぼくにはないのだ。なぜなら、ぼくもまた、その場にいるのだから。
ディズニーランドにはキャラクターがときどき現れて、客と戯れたり、写真を撮ったりする。そういうことをとてもばかげたことだと考える人もたくさんいる。中には人間が入っている。人間がキャラクターに扮して、そのキャラクターと戯れて、いったいなにが楽しいのかと。そういった理由で、ディズニーランドを嫌いな人もいる。
確かに、ぼくも少し当惑した。従業員専用の出入り口に帰っていくキャラクターを熱烈に追いかけて、なごりおしそうに、いや、そんなものではない、今生の別れとも言うべき悲しさで別れる女性の集団を目撃したときに。ディズニーランドが嫌いではないぼくでさえも冷ややかな気分になった。
しばらく、園内を歩き回りながら、そのことについて考えていた。そのうち、すっかり否定的になってしまっていたぼくのこころもまた変化した。
そもそもわれわれのエンターテイメントはすべて架空のうえに成り立っている。映画、演劇、ドラマ、歌舞伎、オペラ等々。それら好む人々と彼女たちとはとりたてて、違いがないのではないのだろうか。
質の差、そういったことはあるかもしれない。
しかし、どちらにしても、それは小さな差異のように思われる(そんなにはっきりと考えたわけではないので、留保付きのまとめだけど)。
›12 26, 2005
時間
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最近、つくづく思うのは、われわれの人生は、われわれのなしたいことに比して、極端に短いのではないのかということだ。 幼いころから、時間をまったく無駄にしなかったなら、そんなことは考えないかもしれない。 しかし、ぼくが目を通した限りの過去の人たちの生涯をみると、やはり最初に述べた命題はおおむね妥当するような気がする。 ぼくの場合、書物と音楽への好奇心が尽きることがなく、どう考えても、平均年齢を生きたとしても、それらに対し、もう十分だといいうる状態にはなりそうもないのだ。 それが人生というものなのかもしれない。 われわれの生命が有限だからこそ、われわれは人生を謳歌しうるのだとはよく言われることだ。 人生の切なさ。クリスマスイブの夜、仕事に疲れた目で、「ローマの休日」を見ていた。あの切ないエンディングはなんだろう。あれを切ないと思うかどうかも人によるだろうが、ぼくにはとても切なく感じられた。 恋人たちは結ばれない。 欲望を充足することができない、それが人生というものなのか。ぼくにはまだそこまでの達観を持てない。
›12 23, 2005
iBook G4
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年末商戦にのっかた訳ではないんだけど、いや第三者から見れば十分のっかってるか、わが家にiBook G4がやってきました。写真の後ろに映っているiMac(初期型)がそろそろご臨終を迎えそうなので、やってきたのです。
なんと言っても安い。このスペックで119800円です。アマゾンで買ったので、1万円のギフト券ももらえます。
隣に映っているのがぼくが毎日使っているThinkPad X31。これが1年半くらい前に20万くらいしたからなー。
なんで、アップルはこんなに安いんだろう。一昔前、ITの世界ではだいぶ前ですが、マックはとても高価だった。
いつの間にこんな逆転現象が起きたのだろう。
それはともかく、ぼくがマックをメインに使っていたころは、まだOSの名前が漢字トークでした。隔世の感というか、まったく別物になってますね。ウィンドウズに飼いならされてしまったぼくには使い方がぴんときません。慣れの問題でしょうけど。
もう一つあるIBMのデスクトップはハードディスクがいかれてしまったようで、起動しません。CDから起動するリナックスでも買ってきて、使えるか試してみたいと思います。
W-ZERO3も購入したし、パソコンは4台あるし、一体何に使うのか?それは内緒です。
そういえば、職場で変なあだ名がつきました。
「すごいケータイ持ってる人(この03のことです)」
長いあだ名だ。。。
›12 19, 2005
ごあいさつ
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今年ももう終わり。1年間のお礼のごあいさつに家元のお宅を訪れた。おたくといえば、このW-ZERO3を持つぼくの姿を見て、Tがしきりにぼくをヲタク呼ばわりする。
それはともかく家元の家に着くと、まず正座でごあいさつをし、お歳暮を差し出す。2時間ほど、お話しをした。
師匠は日本の古典芸能の行く末に対してとても悲観的だ。そろそろ、ぼくたちの世代がどうにかしなければならないです、と言うと、ではどうするんだ?と。そこでぼくは返答に窮してしまった。たしかに具体策はない。しかし、それでも、この現状をどうにかしないと、われわれの文化は本当に滅んでしまうだろう。
話しは早稲田のOBたちの愚行におよんだ。早稲田はバンカラというイメージがあるが、世間ではおじいさんと呼ばれる世代の一部がこの業界でひときわ目立つ行動をしている。いい意味で有名ならぼくとしてもありがたいが、悪い意味で有名なので、早稲田出身というと「あのグループの一員ですか?」というような視線を感じ、そのたびに弁解しなくてはならない。じっさい、ぼくはその人たちとまったく関わってないし。バンカラというか、筋を通さない、自分勝手なやくざみたいで、一連の行動を聞いて、ぼくは涙を流しながら笑っていた。
それがいいことか悪いことかは分からないが、伝統芸能の世界には封建的な部分がまだ多く残っている。ぼくと家元との関係は親子のようでもあり、主従の関係もはっきりしている。先生が白を黒といえば、ぼくも黒だと言う。
それは礼儀でもあり、また芸の伝承とはそのような関係においてこそ行われうる。心からの尊敬、敬服の念が芸を吸収するのだ。
くだんのOBは家元をつかまえて、恫喝的なことを言ったらしい。
先生が出かける時間になったので、一緒に車に乗って有楽町まで送ってもらった。
何も食べていなかったので、とてもお腹がすいていた。日曜、夕方6時過ぎの有楽町はすごい人ごみだ。少しゆっくりしたかったし、歩き回るのもとても寒いから嫌だったので、目の前にあるウェンディーズに入った。無線ランが使えるマックなどに行きたかったが、探す気もなかった。
久しぶりに入ったウェンディーズで馬鹿食いしたくなって、すごいものを頼んだ。トリプルとかいうやつ。その高さは、たばこの箱より少し小さいくらい。
食べていると、ハンバーガーを包んだ紙から、なにやら液体がたれていることに気付いた。肉汁か、トマトの液体か、よく分からないけど、なにかすごい臭いを発する液体がぽたぽたとたれている。
気付いたときにはもう手遅れだった。かわいいダッフルコートの袖もびしゃびしゃだし、なによりも首にストラップでぶら下げているW-ZERO3にぽたぽたぽた。。。。
いま、家でこれを書いているが、新品の03はかぐわしいハンバーガーの香りがする。

›12 17, 2005
忘年会
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仕事の忘年会に行ってきました。このごろ、年を経るにつれ、自分と興味の方向が会わない人たちと話す機会がめっきり減ったので、というよりも減らしているので、こういう場で、職場で事務的な会話しかしない人たちとプライベートなことを話すのはかなり久しぶりでした。
自分で言うのはおこがましいというか、変なんですが、どうもぼくは目立つ存在らしく、忘年会が始まるとすぐにぼくへの質問攻め。だいたいぼくは実年齢よりもかなり若く見られるので、何歳なんですか?そして、だれかと違って本当の年齢を言うと、え〜!という反応。一人が社会経験あんまりないんですか?と聞いてくるので、そうですと応えると、ああ、社会に出ると一気におっさん顔になりますよねと。たしかに、そういう傾向はありますね。
あまり話すこともなくなったので、ひたすら飲んで食べる。飲んで食べる。
芸能ネタとかスポーツネタをあまり知らないし、学問か芸術の話ししか最近してないので、黙々と飲んで食べる。
ああ、仕事の忘年会ってこんなにつらいのね。
帰るに帰れず、そこがぼくの長所でもあり短所でもあるのだが、二次会のカラオケへ。カラオケなんて行ったのは何年ぶりだろうか。記憶にないほど過去のことだ。カラオケなんて行っても、日本の古典音楽と西洋の古典および現代音楽しか聞かないぼくには歌う曲なんてない。なぜか、「船弁慶」の歌いだしと「秘密の結婚」のテノールのアリアが頭の中で、くるくると回転しだした。
音割れするほどの大音量のカラオケを聞いていたら、我慢ができなくなった。その場にいるのが苦痛でしょうがなかった。
携帯に電話があるふりをして、抜け出した。一人が追ってきた。今日はお疲れさまでした。また、飲みましょう。
ひどい頭痛だったので、なんと答えたのかは覚えていない。
社会って厳しいね。
›12 15, 2005
W-ZERO3
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気が付いたら、また1カ月ほどブログを更新していなかった。ぼくだってなんだかんだと用事があり、いつもパソコンの前にいる訳ではない。
ケータイで更新することもできるけども、あのテンキーで文章を書くのはおそろしく億劫だ。
それでという訳ではないけれど、ウィルコムの新端末、W-ZERO3を買った。ネットや雑誌でずいぶん話題になったから、知っている人は知っていると思う。いまそれでこの文章を書いている。しかし、この「話題」とやらが曲者で、一部の人々は夜も眠れずに発売日を心待ちし、一方ではその存在すら知らない人々がほとんどだと思う。
このような極端な形での興味の分散がわれわれの時代の特徴と言われている。
確かに最近、分析哲学の勉強をしているのだが、その分野では当たり前のことがぼくには必ずしも自明ではない。
しかし、この例はあまりよくないな。というのも、いつの時代でも学術的なことは一般的には自明でないのだから。
とくに書きたいことがあって文章を書いているのではないので、脈絡がなくてすいません。実をいうと、このW-ZERO3のキーボードに慣れるためになにか書いているだけなので。
で、これにはパソコンと同じ配列のキーボードが付いている。左右の親指を使って文字を入力する。まるで、ファミコンのコントローラーを操るように。
そのファミコン世代の一部がこの新しいケータイに夢中になっている。なんでもできる!なんでもできる!って。
›11 25, 2005
フィガロの結婚
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気が付いたら一ヶ月以上もブログを更新していなかった。
その間、なんかいろんなことがあった。
バタバタしていた。
来年から大学院に行くことになった。
入学するにはお金がいる。
で、ぼくはちっともお金を持っていない。
どうするのか?
最近、その問題でとても頭を痛めていた。
ああ、そう、ラスコーリニコフのようだよ。まさに。
ラスコーリニコフのように殺人は考えず、仕方なしに労働することにした。
ほんとうは勉強していたかったんだけど。
労働から帰ってくると、とても疲れていたし、なにより虚しかった。
だってあれだけの時間を読書に割いていたらどれだけのことができただろうか。
読みたい本は腐るほどある。しかし、われわれの人生の時間は有限だ。
部屋に戻るとひどい頭痛だった。
鎮痛剤を飲んだ。
久しぶりに「フィガロの結婚」のDVDを見た。
最近オペラはチマローザとロッシーニとワーグナーしか聞いていなかった。
で、ぼくはすっかり驚いた。
モーツァルトのオペラではどこで拍手したらいいのかわからないと誰かが批判してい
た。
そう、その通り。だが、それは批判ではなく、フィガロのまさに優れた点だ。
フィガロはドラマなのだ。
美しい音楽と愉快でいて切ないドラマはぼくの心を癒した。
やはり芸術は素晴らしい。
›10 15, 2005
テーブル
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赤いテーブル。だいたい30cm×45cmくらいの大きさだろうか。横浜の大中で買ってきた。
部屋の照明は暗い。100ワットの電球が二つ。実際は100ワットの明るさの27ワットの蛍光灯なのだが。電気代が安いからかこのごろこういうタイプの電球をよく見かける。
合計200ワットの明るさの部屋で本を読んでいると目が疲れる。目が悪くなったような気がする。
と言っても、最近それほど本を読む訳ではない。良くない傾向だ。書くとは引用することだから。
テーブルはそこで食事ができるように買った。Tと私はよく畳の上に新聞紙を広げて、そこで食事をした。
›9 21, 2005
あるノートより
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以前書いたことがあるんですが。私、キリストじゃなかったんです。ごめんなさい。
Dr.Sにも言われました。すみませんでした。
平田某
(写真は全く関係ないです:理髪師注)
›8 21, 2005
ハマこい踊り
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ハマこい踊りなるものがあるらしく昔の不良少年のような格好て人々が踊っている。
群舞というか、集団で踊る。一人の優れた踊り手が踊るなら見ていて楽しいかもしれ
ないけれど、これは見ていても少しも面白くない。それより、ぼくの属する集団がこ
のお祭りに参加することになり、ぼくも踊らなくてはならないとしたら、ぞっとする
。ぼくは辞退できるだろうか。この中にもいやいや踊っている人がいるに違いない。
でも、そんなことは表情に出さない。それが社会人として当たり前なんだろうけど、
ぼくは嫌だ。しかし、嫌だと思いながらも結局はやってしまうだろうことのほうがさ
らにぞっとする。
›8 09, 2005
モノクロ写真
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モノクロで桜を撮ってもちっとも面白くないことに気付いた。でも、お金をけちらな
いで、こうやってプリントしてもらうのもたまにはいいや。
›8 06, 2005
宴会
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ただいま、キビさんと二人宴会中。オープンしたてのお店はビールもなかなか来ない
です。でも焼き鳥はなかなかおいしいよ。
›7 31, 2005
本棚
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眠れない。外は明るくなりはじめ、蝉が鳴き、雀が鳴いている。これを書くのにパソ
コンを立ち上げようかとも思ったが、それもだるい。本を読もうと思い、ケルゼンの
『法と国家』を手にしたが、数行読み、枕元に置いた。ケルゼンは国際裁判所による
国家間の平和を考えているようだが、そういった問題を考えるにはぼくはまだ知識が
足りないように思えたからだ。すると、他の本に手が延びる。ケルゼンを読むにはこ
れくらいのことを知っていたほうがいいのじゃないかと思う本に。そうして、循環し
ていく。思うに、この本棚が悪いんじゃないか。この乱雑な本棚をなくしてしまい、
手元に一冊だけ置いておけばいい。それはそうと、寝なくちゃ。蝉たちは活動を始め
、ぼくは休息をとる。
›7 29, 2005
みどりモス
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最近、モスバーガーの看板が赤からみどりに変わってるのを見かける。ニュースで見
たから知ってたんだけど、ファミレス化して客単価を上げようということらしい。こ
のカフェラテも席まで持って来てくれた。セルフじゃなく、サービスも売りますよと
いうことのようだ。水まで付いてきてほんとにファミレスみたい。ところで、ここは
横浜駅に近いのになぜかいつも空いている。
›6 25, 2005
アイスロイヤルミルクティー
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たまに来るドトールにいる。ここの営業時間はどうなっているのだろう。この時間になるとさーっと人がいなくなる。横には女性が二人いて、なにか楽しげに話している。ぼくはここに来ると本を読むのだか、どういう訳かバルトがカフェで新聞を読むようにさまにならない。バルトは行きつけのカフェで新聞を読み、挨拶をかわし、男を探す。ぼくはタバコをくわえ、本を読み、耳を立てる。後ろには男が二人、明日の試験のことを話している。一人が一人に問題の解説をしているのだが、聞いているほうはさっぱり納得いかないようで、うなだれて黙っている。お節介という感じでもなさそうで、惰性で聞いているようで、なんとなく人生にうなだれているようにも見えるが、なにごとも一般化は危険だ。いや、いいんだ、どうせぼくには分からないからというその態度には何回か接したことがある。あるいはぼくじしんがそうなのかもしれないが。塾の講師をしている頃、そういう中学生がいた。分からないときはなにが分からないかも分からない。そうして、アイスロイヤルミルクティーを飲みながら、なぜぼくがバルトとこうも違って、かっこよくないのか、ちっとも分からない。
›6 17, 2005
猫と従兄弟と父
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16才のころ、従兄弟が事故で死んだ。おじとおばは激しく泣き、激しく悲しんだ。あまりに悲しく、あまりにはげしい喪失感からその家族は新興宗教にはまった。おばには霊感なるものがあるらしく、仏壇の前でお経を唱えると、合わせた手が震え、あの世から亡くなった人が降りてくる。いわゆる降霊というやつだが、なにかにとりつかれている感じだ。それでいろいろなことをしゃべる。内容はたいてい不平不満や、もっとしっかり供養しろとか。しかし、ぼくはそういったことを信じないので、その姿は哀れとしか言いようがなく、なるべく付き合わないようにしている。幸い、父が死んでからほとんど交流がない。話が脱線してしまったが、ぼくの書きたかったのは、ダークロの言う猫の死のことだ。あれから一月ほど経ったが、猫の不在感というのはそれほどない。不在感がないというのは少し変な表現だ。むしろ、悲しみは一瞬にして過ぎ去ったとでも言うべきか。おじとおばに見たあの不在感の重さ、消えることのない傷を負わされたかのごとき、とわが家の軽やかさ、淡々と続く日々。父の死と従兄弟の死。いったいどこが違うのか。
›6 16, 2005
中村真一郎
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更新おくれてすいません。現実社会は楽しいことばかりじゃないんだけど。最近ネットをあまりしない、パソコンすらあまり起動させない。そういう事もあって更新してなかった。こうやって携帯で更新することもできるけど、携帯のテンキーを使って文字を打つのはおそろしく苦痛なのだよ。
この頃なぜか中村真一郎のことを思い出す。あるコンサートの休憩時間、込み合ったロビーに風変わりな老人がいた。わりと背が高く、不安気にまわりをきょろきょろ見渡している。それは誰かを探しているようだったが、おそらくそうではないだろうと思った。どこかで見たことのある顔だなと思ってから、その人が中村真一郎だと気付くまでそう時間はかからなかった。
あれほど不安気に、あたかも人々が怖いとばかりの態度、つまり自分は感受性のかたまりであると態度で示すのはやはり中村真一郎以外にはいないだろう、と。
そんな推測を裏付けるように小綺麗な中年の女性がかの老人に近付き、中村真一郎の名を呼んだ。
なぜか分からないがこの頃、あの不安気でいて尊大な中村真一郎を思い出す。
(ちなみに今はあまり読まれていないようですね。)
›4 24, 2005
ウェンディーズにて
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ちず、ケチャップいる?ーーわたしいらないーーおねえちゃん、いるからもってくるねーーねえ、不思議なことがあったのーーなに?ーーあのねぇ、こめこめくらぶってあったでしょーーあ、その話知ってるーー違うの、わたしが19才のときにね、こめこめくらぶがわたしの作った歌、歌ってたのーーそれで?ーーただ、不思議だからーーそういう事、言わない方がいいよ、おねえちゃんの知り合い、そういう事言って逆に留置所に入れられたのーーほんとに?ーーほんとよ、だからそういう事、言わない方がいいよーーそれ、おいしい?ーーおいしいよーーあのね、不思議な事があったのーーなに?ーー窓にね、わたしの書いた詩を置いておいたのーーうん、うちにそんな窓あったけ?ーーちびの部屋だよ、あの窓に詩を置いておいたら、だれかが盗んだのーーほんとに?ーーほんとだよーー不思議だね、でも、あんまりそういう事言わない方がいいよーーうん、わたしじゅんの事言わなくなったでしょーーうん、えらいね、もうあんまりじゅんの事、考えない方がいいよーーコーヒー飲んでいい?ーーおねえちゃん、もうお金ないよーー2000円あったよーー違うよ、お母さんから1000円しかもらってないよーーでも、さっき、持ってたよーー持ってないよーーでも、200円くらいあるでしょ?ーーないよ、計算してみなよーーねえ、コーヒー飲んでもいい?
›3 25, 2005
デジカメ
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一年半ぶりにデジカメを買った。その間全くデジカメの動向を追っていなかったので、その進化ぶりに驚いた。ペンタックスの防水構造のデジカメがいいなと思ったんだけど予算と手持ちのメモリースティックを考えると機種はしぼられた。それにしても防水構造というのはいい。汚れたりほこりまみれになっても水洗いできる。水洗いできるなんてとても便利だ。携帯電話も完全防水構造にしてほしいが、あまり需要がないようでかなり前にカシオが出していたけど単発で終わってしまったようだ。気を使って機械に接するのは本当に疲れるので、ぼくとしてはあらゆる機械が完全防水構造になってもらいたい。ところでいま久しぶりにタリーズにいるんだけど、隣の客がSEOについて話している。ネット系の業界人らしい。SEOはダークロが得意なのにな。サイトがインターネットエクスプローラ以外のブラウザーできちんと見れるかも重要な問題らしい。それで、ぼくは先日デジカメを買った。ソニーのW5。メモリースティックを活用するにはこれしかなかった。なんでソニーはいつも独自のへんてこな規格を採用するのだろうか。そういう態度のせいでぼくはソニー
が大嫌いだ。初めて使ったデジカメはソニーのものだった。あれは何年前のことだろう。まだデジカメなんてほとんど見かけない頃のはなしだ。N.Kの父親に借りた。記憶媒体がフロッピーディスクと汎用性があり、ぼくも欲しかったけど、とても高価だった。ソニーはそのまま汎用性のある記憶媒体を使っていればよかったのに。驚いたことにこのシリーズはいまだに売っている。写真はカタログから。
›2 08, 2005
夢のカメラ
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夢のカメラっていっても理想のカメラじゃない。夢に見たカメラだ。なんでカメラの夢なぞ見るのかよく分からないけど、だいたいよく分かる夢の方が少ない。
夢のカメラはちょうどひと昔前のポラロイドのような形と大きさだ。露出計は内蔵しているけど自分で決める。つまり絞りとシャッタースピードを設定して。ピント目測式だが便利なものが付いている。レンズの下に定規が隠れていて、小さな突起物を引っ張るとすいすいとプラスチックの棒状のものが伸びる。それを被写体まで伸ばし、距離を計る。これは1メートル以内のものを計るもので、1メートル以上のものは目測あるいはカメラ上部にある距離計で計る。細くすいすいと伸びる黒いプラスチックのおかげでピントが外れることはない。レンジファインダーカメラがことごとく、マクロ撮影が出来ない点をこのカメラは克服している。
しかし、その黒い棒状のものがいつ折れるか、ぼくはとても心配する。
›2 02, 2005
どこ?
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エクセルシオールカフェにいる。いるの?本当に。子供の頃、電車に乗るとこのまま電車が空を飛んでどこかに連れて行かれてしまうのではないかと不安だった。心配で何度となく窓の外を確認するのだった。ここは横浜のエクセルシオールカフェなのか何度も確認したくなる。というのも前後左右、みな外国語を話しているのだ。左からは中国語、残る三方からは英語。ぼくの目からはみな日本人に見えるのだが。ここは本当に横浜なのだろうか。
›2 01, 2005
着せ替えロモLC-A
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ロモLC-Aに貼ってある皮を変えてみました。不器用なのでなんだかボコボコしている。色もあんまりかわいくないな。ところで日曜の夜、教育テレビで勘九郎のお練りやってたので見てた。かっこいいな。さんばそうを踊っているとこをもっと見たかった。歌舞伎チャンネルでやるのかな。その後ネットをしていると七之助の逮捕ニュース!えーっ!?しっかりしてくれよー。せっかくめでたいのに。
›1 27, 2005
携帯機種変
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フロイトもうすぐ終わりなんだよね。ラカンのことがユニークだね。このためジジェクもありますが、日本のためにハイデルベルクやハイデガーのハイテク化という前途洋々たる方向で行くでしょう。デジカメ、デジモン、絞りをプリセットし、ガチャンとガチャピン。ハーバーマスをハードディスクにインストールし、バルトリとバルトロとバルドルフォでマスクをかければ一丁上がり。そうして我々の未来はリオタールし、タスク処理はヘーゲル、ヘーベル、ペーター、ページ(前述36頁参照のこと)するする。
›1 16, 2005
BESSA-R
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旧ソ連製レンジファインダーカメラは次々と壊れていった。と言っても全部ではないけど。4台あるFED-2は3台壊れている。しかしいつ壊れるのか不安を抱えながら写真を撮っているのはとても気持ち悪い。室内撮影のために小さな、しかし高価な露出計を常に持ち歩いているのも落ち着かない。現に先日、二日酔いから醒めると露出計がない。飲み屋に電話をして落し物がないか尋ねた。ありません。そうですか、あったらお電話下さい、と名前と連絡先を伝えた。それでも納得がいかず、部屋をごそごそ探索すると山高く積まれた服の下にあった。まったく!カメラより高い露出計を持ち歩くのは疲れる。それで、って要するに今までのは全部言い訳、世界に名だたるカメラ大国日本製、コシナのBESSA-Rを逆輸入で格安で入手した。あちこちで作りが安っぽいと言われているようだけど、レンジファインダーの総本山ライカをガラスケースの外から指をくわえて見たことしかなく、ソ連製のカメラを常用していたぼくにしてみれば、非のうちどころがない最高のカメラだ。買ってくれてありがとう☆
›1 08, 2005
新年会
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今日、ぼくの所属するある団体の新年会に行ってきた。久しぶりに先生にお会いし、相変わらずお元気そうなので、とても嬉しかった。先生は今年で72になる。どこか体の具合がおかしくなっても不思議ではない。嬉しくて顔がほころんだ。しかし、前ぶれもなく新年会に現れたぼくを先生は叱った。叱られながら、ぼくはまた嬉しかった。先日テレビでやっていた二代目団十郎の絵島生島のお話しを聞く。絵島のお墓が長野県にあるそうだ。先生のお父様は不遇の名人と言われた。芸が渋く、全く一般受けしないのだ。ぼくは数少ない崇拝者の一人だ。ぼくは先生も不遇の名人、恐らく江戸の気風を伝える最後の方だと尊敬している。先生への誹謗をたまに聞く。腹が立つが、またその理由も理解出来る。今は軽やかな、というか「お上品」なものが好まれる。別の言い方をすれば「浅薄」なのだが。
›10 14, 2004
失敗
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元来たいへんずぼらな性格なので物が増えると管理が出来ない。本は無造作に積み上げられ読みたい本を検索出来ない。読みたい本を、参照したい本を手元に置いておきたいので、図書館から借りるのではなくタイマイはたいて本を買うのだが、これでは意味がない。カメラもしかりで、昨日久しぶりにチャイカ2を手にし使って見ようかと裏蓋を開けるとフィルムが入っていた。50枚くらいは撮影した後だった。
›9 03, 2004
化学反応
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宮薗君といるとぼくは化学反応を起こす。宮薗君もまたしかり。数学の修士を取ろうという宮薗君がそう言うんだから間違いないと思う。宮薗君もぼくも二人にしか分からない言葉で話し、二人で笑いころげる。あまりに愉快なのでわれわれはコドモに戻ったようだ。あまりに愉快なので宮薗君の彼女はぼくに嫉妬する。われわれは創造する者になろうと誓ったのだった。
›8 02, 2004
メール
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病院着いた。今日もまーまー混んでるよ。みんな病んでるっていやだな。寝る時の薬を減らしてもらおうと思っている。このごろ朝つらいから。セキがひどいのはたばこの吸いすぎかな。ガンかもね☆
›7 25, 2004
今日の出来事
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シャワーに入った。首回りと胸を洗うのを忘れたようなので、また入った。
›6 20, 2004
三島
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昨日はなかなか眠れなかった。よくわからないけどとても罪深い気がしてマタイ受難曲を聞いた。福田平の刑法総論を読んだ。罪が抽象化され、現実のどろどろはどこかに隠されている。ロラン・バルトの『恋愛のディスクール』を読んでるうちに眠っていた。今日、死にゆく老人を見て、その家族の涙を見て、さらに罪深い気がした。
›5 22, 2004
寝る前に一言いわせて
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›5 06, 2004
ゴールデンウィーク
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楽しかったゴールデンウィークも終わってよかったね。けっこう人いるのありがとう見てるよ先週の見てないよ多分入札入ったよゴールデンウィークもいいよ。とまれ、生ガキはおいしかった。
›4 28, 2004
六本木ヒルズ
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にて大名気分。ガラスの椅子もなかなかの座りごごち。生ガキうまかったなー。
›4 27, 2004
電光掲示板
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›4 22, 2004
どら焼き
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「どうしてそんなに部屋が汚いんですか?」「そういう性癖だからです」
›4 16, 2004
ひー
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この頃全く飲んでいなかったのに、なんだか飲みたくなって、350ミリの発泡酒を2本飲んだら、バタンキュー。バタンキューってなに?
腕立て伏せ
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久しぶりに携帯から投稿です。目の前にパソコンあるんだけど。
今日も腹筋100回、腕立て伏せ50回した。最近さぼり気味だったから結構つらい。なんでもそうだけど継続はたいへん重要だし、たいへん難しい。
›3 06, 2004
大涌谷に行ってきた
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箱根の観光名所で不思議なものを見つけた。「オスバン」。なぜ?
›3 03, 2004
変な夢
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インターネットエクスプローラーの最新版を使った。タブブラウザーで使いやすかった。
›2 29, 2004
サンドイッチ
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早稲田の古本屋街で古本を吟味する看板を背負った叔父さん。いや、おじさん。
›2 27, 2004
パガニーニ
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最近パガニーニのカプリースを中毒のように聞いている。バイオリンの独奏曲。バイオリンの超絶技巧を手に入れる為に悪魔に魂を売ったという伝説のあるパガニーニは恐ろしい曲を書いた。イタリア人のあの情熱!それでいて決して音楽になにかを語らせようとしない。曲芸師と紙一重なのがすごい。リッチの演奏がまた素晴らしい。
›2 18, 2004
ハワイウォーター
Posted by figaro;cellphone at
23:54 /
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携帯電話からの投稿
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妻が飲みたいと言うのでハワイウォーターを頼んだ。注文するにあたってDoS攻撃とは特定サーバを標的としたサービスを不能にする攻撃ですと、妻は付け加えた。
ハワイウォーターとは病院とかクラブとかに置いてあるようなディスペンサーに大きなボトルを挿しこんであるもの。ディスペンサーから冷水とお湯が出る。5ガロンで2200円。薄給のわたくしにはかなりの出費だ。
それはともかく今後の執筆予定。
○ユビキタスマツムラレイの恋
○パガニーニは悪魔に魂を売ったのか、その神学的考察
○『さようなら、ギャングたち』の記号論理学からのアプローチ
○MITSUBISHIはいつまでとことん感謝祭を続けるつもりなのか。だれにとことん感謝しているのか。
○麻薬吸食の非犯罪化
○浅田彰はなんでへんてこなシャツを着ているのか、デカルト『方法叙説』によってたつ批判
○ダークロは先の日曜、横浜でなにをしていたのか
○『学研まんが日本の歴史』による衣食住、その他風俗の遷移の検証
○豚丼のほうがおいしい
○キビさんは毎日なにをしているのか、盗聴・隠しカメラによる検証
›2 17, 2004
十日位前に書いたもの
Posted by figaro;cellphone at
03:38 /
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携帯電話からの投稿
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久しぶりに電車に乗った。霞ヶ関に願書を取りに行くため。霞ヶ関までどうやって行くのか皆目見当がつかなかった。ぼくはみなとみらいで働いている。仕事が終わった後だった。ここからどうやって東京まで行くのかさっぱりわからない。ここにはいつも原付か車で来る。横浜まで原付で行くのが手っ取り早いかと考えたが長時間停めておく場所を知らない。とりあえず桜木町駅に向かって歩いた。原付は有料の駐輪場に停めてあるので安心だ。桜木町駅からどうやって行くのか携帯で調べた。迂遠だ。どれも。そういえばみなとみらい線が開通したのを思い出した。桜木町からみなとみらいへ引き返した。駅がどこにあるのかさっぱりわからなかった。こんなに広かったかなとうろうろした。観光客のようにあちこちを見、看板を見た。ようやくたどり着いた新しい駅はみなとみらいの無機的な印象を更に強める場所だった。ほんものの観光客に囲まれ真新しい電車に乗った。これで中目黒まで行けばよい。そうして今電車の中でこれを書いている。
なんでしょう?
Posted by figaro;cellphone at
03:09 /
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