薬の副作用でずいぶん太ってしまったので、ダイエットをしている。
といっても何か特別なことをしているわけではなく、食べる量を減らしているだけだ。これも特別なことではなく、前の薬を飲んでいると、大変おなかが減るのだった。今の薬はどちらかというと食欲が減るので、そのまま食べないのである。
昨夜、正確には一昨日の夜、横浜駅の相鉄のホームでハットリ君に会った。ハットリ君はデートの帰りで、ぼくたちは歌舞伎の帰りだった。第三部の『紅葉狩』と野田秀樹の新作歌舞伎『愛陀姫』を観に行ったのだった。『愛陀姫』はヴェルディのオペラ『アイーダ』の翻案である。アリアの代わりに歌舞伎特有の台詞回しを聞かせるという趣向。特にひねっている訳でもなく、率直な翻案と演出だった。
歌舞伎座に行く前に洋食で有名な煉瓦亭に行った。創業はたしか、明治である。みんなが頼んでいる元祖オムライスとポークカツレツを頼んだ。ほとんどの人がこれを頼むので、ほかのメニューは要らないのではないかと思うほどだった。元祖オムライスは味が落ちていた。前回食べたときは、外は卵がカリッと焼けていて、中は半熟の卵がご飯に絡んでいて、大変おいしかった。ところが、今回は全体的にべちゃっとしていて、ご飯は芯があるような堅さだし、おいしくないのである。無理やり連れてこられて無理やり元祖オムライスを食べさせられたTはプンプン怒って、二口くらい食べると、もう手を付けなかった。
ポークカツレツは不思議なことにちっとも油の味がしないし、脂っこくない、大変な美味である。Tが元祖オムライスをこちらによこすので、ぼくはポークカツレツと元祖オムライスの両方を食べなければならなかった。いま考えると、ポークカツレツと元祖オムライスを交換すればよかったのだが、相手に食べさせることも忘れるほどのおいしさだった。
歌舞伎座に着くと幕見席は4階の入場口にたどり着かんばかりの行列が階段に出来ていた。結局座ることは出来なく3時間あまり立ち見をした。
そんな後でハットリ君に出会ったので、ハットリ君はぼくたちを誘ってどこかに行こうとしたのだが、とても疲れていたので、断った。ハットリ君は残念そうにしょんぼりとしながら寂しそうな背中を見せ、帰って行った。ハットリ君はその日誕生日だった。お茶でもしに行けばよかったなと翌日少し後悔した。
ジョバンニ・パイジェッロの『セビリアの理髪師』を聞いている。パイジェッロは生前自己の高い評価をほしいままにしたが、今では音楽学者かスタンダールファンしかその名を知らない。彼の音楽は今の感覚からするとあまりに素朴だ。とくにわれわれの耳にはロッシーニの鮮烈な『セビリアの理髪師』の音が染みついているから、余計にそういった印象を受ける。しかし、パイジェッロの音楽には「平凡な古典派」・「ロココ趣味」のよき部分が凝縮されており、われわれは旋律とハーモニーの美しさをそこに見いだすことが出来る。
ロジーナが登場する際のアリアの素朴な美しさ、アリアの後半部分となるロジーナとドン・バルトロとの二重唱の滑稽さ。ここにパイジェッロの音楽の特色が凝縮されている。パイジェッロの描くロジーナは可憐だ。まさにそこをスタンダールが非難した。ロッシーニのロジーナは活発すぎると。ロジーナは籠の鳥なんだから、あんなに才気煥発なのは物語の整合性を欠くと。続くアルマヴィーヴァ伯爵のアリア"Saper bramate"の美しさもパイジェッロらしさに溢れている。ちなみにモーツァルトはこの伯爵のアリアに着想をえて『フィガロの結婚』のケルビーノの有名なアリアを書いている。
パイジェッロの音楽を聞いていると、なにか透明な印象を受ける。透明な印象というのはどういうことなのかぼくのつたない文章ではうまく表現できない。ラマチャンドランは一部の人間の脳は音と色を結びつけると言っているから、ぼくもそういう人間なのかもしれない。なにか透き通った透明な感じが目の前に広がる。
もう、かなり長い間、更新していない。友人に更新しないのと聞かれて、いやそういう訳ではないんだけれど、書くことがないんだよ。バルトみたいに日常を普遍的に書きなさいよ。いや、ぼくにはバルトみたいな才能はないから。
最近、ヴィックスの加湿器を買った。アマゾンで3980円。アメリカ製。今までに加湿器を2度買ったことがあるけど、あまりいい印象がない。水道水のなんだろう、なにかの成分がフィルターにべっとりとオレンジ色でついて気持ちが悪い。そのフィルターを通って水蒸気が発生するのだから気持ちが悪い。よほど念入りに掃除をすればいいのかもしれない。そして、ぼくは掃除全般は苦手だけれども、機械のメンテナンスは好きなので、ちょくちょくとやってはいたのだけれど、オレンジ色のねちねちしたものはなかなか取れない。
だから、今度また加湿器を買うことになって、ぼくはあまり乗り気ではなかった。でも、肌の乾燥がひどいので、安いこのヴィックスを買った。それにこれにはあのやっかいなフィルターがない。ちょっと日本人には考えられない不思議な仕組みだ。水道水に塩を入れる。塩による化学反応で蒸気を発生させるという。容量によって塩の量は異なるんだけど、ぼくの買ったものは2グラム入れろと書いてある。例えるなら米粒にして6粒分とある。その例えがまったく分からず適当に入れた。中学生の化学実験のような仕組みの加湿器だ。日本製だったら、塩の計量スプーンが付いていることだろう。
塩の加減で蒸気が出なかったり、出すぎたりする。ぼくは適切に塩を入れたのだろうか。青い吹き出し口から立ち上る蒸気をひたすら見つめる。
ペリカンの万年筆は書きやすいけど、インクがすぐになくなる。2、3日でカートリッジが空になった。
安いから同じ型で他の色のも買おうと思って今度は有隣堂に行って買ってきた。緑。かなりかわいい。インクの出方が前に買った赤いのとぜんぜん違うのはどちらが正常なんだろう。緑のは書くときに、力が要る。インクも薄い。安物の万年筆なんてこんなものだと諦めるべきか、有隣堂に行って見てもらうか、どうでもいいことを悩んでいる。
万年筆なんて買ったのはある本のサブノートを作ろうと思ったからだ。書き写すなんて、無駄で馬鹿げたことだと思っていたんだけど、マルクスは『経済学・哲学草稿』でアダム・スミスの著書を丹念に引用して、研究している。ほとんど抄本といった感じだ。
それに、尊敬する丸山先生は、師の原稿を必死に清書しているうちに、文章の書き方を覚えたという。
そういえば、長唄だってそうだった。小三郎全集を耳にタコが出来るほど聞いた。息づかいや、勢い、間など、天才の演奏だから当然自分では再現出来ないけれども、知らないところはないんじゃないかというほど聞いていた。重箱の隅をつつくような細かいところまで。浄観師のノリの変化、かけ声などは、なにか芸術的な意図があるに違いないと特によく研究した。
そしてぼくが演奏するときは、自分が浄観になった気で弾いていた。演奏前に一杯やるなんてことまでまねしたことがある。
そんなこともあって、文章の美しい人の学術書のサブノートをペリカンの万年筆でしこしこと書くのが、最近の楽しみ。
北海道にとてもステキな知り合いがいる。彼女は詩人だ。たぶん本人はそんなことを考えていないんだろうけど、そんなこと考えていないから、ステキな詩人でいられるんじゃないかな。ぼくはあんまり考えすぎて、ロクな文章を書けない。いや、あんまり考えてはないんだけど。ただ、少年時代、三島由紀夫やポオにあまりにも傾倒しすぎて、文章を書くときに、構成面での形式美とか、形容詞だとか、そういったものに対して、つい身構えてしまう。もちろん、そんなものはこれっぽっちも成功していないんだけど。
彼女のコトバはどこから出てくるのだろう。こういった感性をいつまでも保持してほしいと、おっさんのぼくは願う。
だって、ぼくなんかになると、もうそこまで考えないよ。加齢って良くもあるけど、悲しくもある。
ぼくは猫のようにひがな眠って暮らしているので、1日1日が過ぎていくのをとても早く感じる。気付けば、もう、8月も終わりじゃないか。いろいろとやろうと思っていたんだけど、9割がた出来なかった。猫のように寝ているのでは、出来るはずもない。
これで、寅さんのように、だからどうしたんだというような態度を取れれば、いいんだが、小心者のぼくは日に日に自分が呆けのようになっていくのが怖い。その怖さといったら、あまりに怖くてまた眠ってしまうくらいだ。
いや、ぼくはいい年をこいて、アリストテレスのようになりたいんだ。しかし、現実はどうだろう。アリストテレスのように明晰なる頭脳もなく、ぼくにあるのはひどい厭世感と怠惰のみだ。日進月歩という言葉があるが、日に日にぼくの好奇心は過酷な現実の前に衰えていく。
ある友人はすでに一角の者になっている。ぼくは彼をよく理解出来ないが、それでも世間様は彼のシニフィアンだとかエクリチュールだとかよく分からないどこかで聞いたことのあるようなないような言説を認めているようだから、立派なものだ。一方のぼくはといえば、猫のように寝て、一応はハーバーマスなんかを手にしながらも、すぐに投げ出して、布団のなかに潜り込んでしまう。潜水士というか潜綿士。なんて読むのか分からないけど。
ぼくのライフスタイルには長期の休みが一番合う。ライフスタイルなんて大げさなものじゃないんだけど、生活習慣というか、日々の暮らし。近代から始まったこの資本主義的生活習慣はぼくには合わない。願わくば、ぼくはなにもしていたくない。何もしないで、猫のように、ただひたすら、寝ていたい。
いつか書いたかもしれないが、ずっと寝ていたいというこの気持ちは、ちょっとした自殺願望だ。睡眠と死とが同じものであるのかは、もちろんぼくには分からないけれども、そして死を経験した者が生きているというのは背理だから誰にも分からないはずなんだけれど、現実的な事柄からの逃避という意味で、睡眠と自殺とは共通している。
潜在的な自殺願望、これのせいでぼくは寝ていたいのか、これまたぼくには分かりかねるんだけど、覚醒時より夢が楽しく、そして睡眠自体がもたらす快楽の大きさは紛れもない事実だ。もちろん、起きているときだって楽しいこともあるし、夢を見ているときだって悪夢のこともある。しかし、睡眠時の体のなんとも言えない心地よさ、様々な幻想を体験させてくれる夢、これらに抗うことは難しい。
休暇中は好きなだけ眠っていることが出来る。眠っても眠っても足りないぼくはこの短い休みが永遠に続けばいいなと思う。
また、腹痛で病院に行った。ここしばらく治らない。トイレに何回も行くので、外出できない。待合室で自分の番を待っていると、おじいさんが診察室から出てきた。
どうしても、行かないとだめですか。
最初、顔を見たときから様子がおかしいのが分かりました。もう、救急車来ますよ。
私も一緒に行くんですね。
そうです。
じゃあ、お隣さんに電話しないと。
電話番号わかりますか。
いや。
では、向こうに着いてから電話してください。
おじいさんは妻の具合が悪くて、この病院に連れてきたらしい。しかし、ここでは対処が出来なく、救急車を呼んだようだ。痩せて背が高いおじいさん。度の強い眼鏡をしている。大きな眼鏡だ。のども腕もしわで皮が余っている、あれはなんと言うべきか、老人にはよくあるんだが。おじいさんは妻が救急車で運ばれることにさほど動揺していないように見えた。おじいさんはトイレに行った。チャックが開いていた。その細い体格より幾分大きめのスラックスをはいているので、チャックが開いていることがずいぶんと目立つ。閉め忘れたチャックが、動揺をあらわにはしないその動揺を示しているように見えた。ぼくはおじいさんに声をかけようとしたが、そのおじいさんを見ていて、激しい心の動きを覚えていたので、なんともしかねた。
ぼくはその激しい心の動きがなんなのか、考えていた。老夫婦を見て哀れな気持ちになっていることに対して、非常に気を害した。哀れ!これほど、嫌なものはない。哀れを感じるということはぼくが優越的な地位にいることを示している。なんで、ぼくなんかが、このおじいさんに哀れを感じることが出来るのか。出来はしない。しかし、哀れというか、なんとも言えない心のざわめきを感じていることは確かであり、この心の動きをどう表現すべきか。
やはり、おじいさんを見ていた中年の男性がおじいさんのチャックを直した。おじいさんはその前に会計をしていた。受付の女性は気付きながらなにも言わなかった。中年の男性は当然のことをするように、自分の父にするように、おじいさんのチャックを直した。感謝を求めるとかそういう感情的なものを抜きに。男性はチャックを直した後、連れの若者と冗談を言い合っていた。
そこでぼくはまたおそろしく嫌な気分になった。
帰ってくると、薬を飲んで横になった。お腹がふくれてしょうがない。苦しくて少し寝た。
やっと梅雨明けらしい天気になった。天気はいいけど、ぼくの心はいまだ梅雨はれやらぬなんとか。
テスト勉強しなくちゃいけないんだけど、こういう時に限って他のことをしたくなったり、せざるをえなくなったりする。まあ、ありがちなことだ。
なにか自分のしている勉強がとても浅薄なものに感じられてしょうがない。一方ではカントに関心がある自分がいれば、一方ではなんていうのだろうソフィストになるべく勉強せざるをえない自分がいる。私たちはなにを認識しうるのか、そんな途方もない問題から、不動産の登記についての知識までの途方もない道のりというか、溝。そして不動産登記に関心を持つ我が友人たちは、たいてい私たちはなにを認識しうるのか?などという問題に興味がない。興味がないというのは正確ではない。そんなことは考えたことも、脳裏によぎったこともないのだ。
ぼくの尊敬する先生は根源的な問題と現実的な問題をうまくリンクさせている。ぼくもそうなりたいんだが、まあ無理だろう。憂鬱がぼくからすべてを奪う。
サイゼリヤじゃなくてグラッチェガーデンでオリジナルのピザを注文できるサービスが始まった。オリジナルって言ってもいくつかの中から好きなトッピングを選ぶだけなのであまり楽しくはないけど。トッピングも納豆とか不思議なものはない。ありがちなキノコのソテーとかそういうの。で、料金が規定のピザより若干高い。上手い商売を考えるもんだ。グラッチェガーデンという名前も変だよね。イタリア語と英語が混ざっているし、グラッチェじゃなくてグラッツィエだ。
それはともかくも、グラッチェガーデンで、カントの『純粋理性批判』の平凡社ライブラリー版を読んでいた。岩波文庫版はあまりにも読みにくい。『純粋理性批判』は原文が相当ややこしいみたいなので、訳すのも大変なんだろう。それにしても岩波文庫版は『純粋理性批判』グラッチェガーデン版といった感じだ。平凡社ライブラリー版は第一版と第二版とが併記されているのもおもしろい。
「ところで、形而上学においてまだ学の確実な道が見いだされえないのは、何によるのであろうか?そうした道はおそらく不可能なのだろうか?いったいどうして自然は、理性の最も重要な要件の一つとしてこの道を探るよう休みなく努めることで、私たちの理性を悩ましてきたのだろうか?」(上巻・47頁)
こんなことに悩んでいるのは古代ギリシャ人とドイツ人とその他ごく少数の人たちだけだ。
今日も眠れない。昨日夕方まで寝ていたから当然かもしれないけれど。
昨晩、服部君と飲んできた。相変わらずの深いため息。まあ、誰でもため息をしそうなアクシデントがあったんだけど。しかし、彼は最近本当についてないな。なにかしようとすると、変な人に妨害される。
語っているうちに彼は髪の毛をくしゃくしゃしだした。三島はもうほとんど制覇したんですよね。三島由紀夫は『潮騒』とあと一冊で読み終わってしまうらしい。ドストエフスキーは?読みました。紙をくしゃくしゃにして、深いため息をつきながら、ダークな話題を語る服部君はドストエフスキーの小説の登場人物のようだった。ソーニャのお父さんみたいな感じ。
次はカミュを攻めるらしい。
ぼくのおすすめは『オブローモフ』。
おごってくれて、ありがとう。今度は歌舞伎町にでも繰り出しましょう。
眠れない。久しぶりに徹夜をした。もう外はすっかり明るい。朝日がカーテンを照らしている。まだ、その光はそれほど強くないけれど、もう少し時間が経てば、夏の強い日差しになることが分かる。
昨日、所要のため、病院に行けなかったので、今日行かなければならない。常用している薬がもうない。ぼくはこれがないと、日常生活を送れない。
いま機種変更してきたW-ZERO3[es]でこれを書いている。小さいし、便利だ。これがなかったら、いまこうして、ブログの更新をしようとなど思わなかっただろう。わざわざパソコンを立ち上げてまで書くことでもないし。
いまこのW-ZERO3[es]で漱石の明暗を読んでいた。青空文庫でダウンロードしたものだ。明暗はなんどか読みかけたが、あの有名な出だし、主人公が医者に診察してもらう場面が、妙に生々しく、最初の数行で読む気が失せる。腸の病気なのだが、フィジカルな病気ではなく、なにか精神の暗澹たるものを感じさせて、全編のトーンがこんな風なのかなと思うのも、読む気を失せさせた。
さっき読んでみたら、それほど気味の悪さを感じなかった。バルトが言うように、読書とは作家と読者の織物なのだろう。
追伸 すえさんへ
このブログの存在はあそこでは誰にも言わないでください。お願いします。
かなり長い間、更新していなかったのと、スパムコメントのせいで、ページが真っ白の状態が長く続いた。更新が遅いのはいつものことだけれども、今回は特に書くことがなかった。いや、一つだけ書きたいことがあるのだけれど、今電車に乗っていて手元に資料がないので書けない。プントの車検について。トータルで20万くらいかかった。3ヶ月くらい乗っていなかったせいか、いろいろ壊れていた。修理の明細をここに書こうとずっと考えていたのだけれど、微妙に時間がない。修理が妥当だったのかぼくにはよく分からないので、夏休みに必ず書きます。だれかコメント下さい。
今の生活は忙しいのだけれども、かといって劇的な変化を伴う生活とはかけ離れているので、書くことがない。まあ、ぼくの所属している場所をここに書いてしまうなら、多少書くことはあるのだけれど、所属している他のメンバーにこのブログを発見されたくないので、今は書かない。知られたくないのはメンバーをあまり快く思っていないこともある。
ところで、今日は別役実の「ウミユカバミヅクカバネ」という劇を観てきた。知り合いの羽太結子さんという方が出演しているので、誘われた。別役と言うと、池田くんと横関を思い出す。あの二人はよく別役を読んで、その影響からかよく言葉遊びをしていた。ダークロも読んでいたかな。
今日の公演も指示代名詞「あれ」の多用、「はっとする」とかそういう日常でよく使う曖昧な言明への妙なこだわり、悲劇と喜劇と日常との交差、そういった感じでとても面白かった。
「あの日、我々は許された、しかし、我々は毎日許され続けなければならない」
「おまえはおれのことを見捨てるのか」
そんな感じの台詞にアーレントを思い出した。
役者の台詞が聞きやすく、過剰な演技もなく、好感が持てた。
恋する者もまた、恋人のことを誰かに話したり、その面影を絵に描いたり、相手のために詩を作ったりして、いつも悦びを感じている。なぜなら、このようなことはすべて、そうしている間じゅう、恋人のことを思い出させ、まるで相手を眼の前にしているような思いをさせるからである。そして、実に恋が始まるのは、どんな人の場合でもこのこと、つまり、恋人が傍らにいる時にそれを悦ぶというだけではなく、傍らにいない時でも、恋人を思い出すことにより悦びを覚えるが、その悦びにはさらに、相手が実際に傍らにいないため、悲痛の思いが加わってくるような場合がそうなのである。また、これと同じように、再会の望みがない場合にも、その嘆きと悲しみの中には或る種の快楽が含まれている。すなわち、悲痛とは、相手がそこにいないことによるのであり、快楽とは、かの人について、どんなことをしていたとか、どんな人であったなどと思い起こし、相手を眼前ほうふつとさせることによるのである。それゆえ、当然のこととして、次のような言葉が語られたのである。
かく述べて、彼は、居合わせし者一同に、悲痛への甘き思いをかき立たせた(ホメロス『イリアス』『オデュッセイア』)
アリストテレス『弁論術』より
今日は新進気鋭らしいベン・キムというピアニストのコンサートを観てきた。ピアニストについてはまったく、疎いので、どんな位置を占めているのか知らない。もらったパンフレットによると、現在22歳、韓国系アメリカ人。ピアニストとしての本格的なレッスンはかなり大きくなってから、自覚的に始めたらしい。数々の賞を受賞しているとのこと。
ピアニストに限らず、ピアノ全般に疎いので、テクニックがどうのこうのと、そういうことは分からないんだけど、1番前の席に坐って聴いたので、素直に面白かった。音楽に合わせて、口をぱくぱくさせている。興奮すると、かすかに声が聞こえる。弾きながら、歌ってる。こういう人、いる。
まだ22歳のうえに修業中ということで、それならもっとパッションをはじかせた演奏の方が楽しいと思うんだけど、どうなんでしょうか。
新人のピアニストにしては、かなりお客さんがいて、クラシックはまだいいなと思った。まあ、休憩中の会話を聞いていると音楽に造詣のあるような人ばかりではないけど、それでもお客さんが集まるだけ、いい。
一方、邦楽のコンサートに行くと、お客さんがまったくいない。ひどい。きんたろうさんがアメリカ留学で、日本人が日本の文化にまったく無関心であることに思い至ったらしいが、自国の文化に関心を払わず、外国、それも欧米だけに関心を寄せる風土は馬鹿げている。
最近、漱石の『草枕』を読んだんだけど、ああいう感じのバランス感覚がいいと思う。青空文庫で無料で読めるので、お時間のある方はどうぞ。
追伸
相変わらずの乱筆ですいません。電車の中で書いてるので、許してください。目の前にも、w-zero3をぱちぱちしている人がいる。初遭遇だ。
父の最後の入院の前夜だったか、父はぼくのとなりの部屋で、寝ていた。そこは父の部屋であったのにもかかわらず、すでに物置のようだった。家財に囲まれて、家財というかごみというのか分からないようなものに、囲まれて、寝ていた。
枕元には、ぼくと同じように、スタンドライトがあった。本を読まないと眠れないのだ。ぼくと同じように。父は音楽を聞きながら眠ることもあった。さだまさしかモーツァルト。たまには、どういうわけか、ビーズなんかも聞いていた。大音量で聞くので、そして本人は酔って寝てしまうので、たいへん迷惑なこともたびたびあった。
父は若いころ、ベートーベンが好きだった。月曜、父の休日、小学校から帰ってくると、家から100メートルくらい離れたところで、ベートーベンの交響曲が聞こえてくる。当時の家は木造で、たてつけも悪かったから、音が外に筒抜けなのだ。カール・ベームが好きだった。カール・ベーム指揮するところの交響曲を嬉しそうに聞いていた。交響曲を聞きながら母と戯れていたのを、覚えている。母はベートーベンやカール・ベームなどにこれっぽっちも興味がなかった。ただ、父が嬉しそうに笑っているから、母も嬉しかったのだ。
父の精神が悪化していくうちに、父はベートーベンをあまり聞かなくなった。
かわりにモーツァルトを聞くようになった。なぜかは分からない。一般に言われているようにモーツァルトの音楽が「優しい」からではない。なぜなら、父が好きなのはドン・ジョバンニのフィナーレやニ短調のピアノ協奏曲(それも第1楽章)だったからだ。
酔ってはよくわけの分からないことを言った。ドストエフスキーはなんで死んだのか知ってるか?それが、口癖だった。母はだから、読書する人間は狂人だと思っている。そんなに訳の分からないものばかり読んでいるから、おかしくなるんだよ、母はどなった。
死後、枕元に積んである本を見ると、精神医が読むような専門書、「フーコー入門」、川端康成、吉本隆明、『死に至る病』、『不安の概念』、、、あとは忘れた。
最後の入院の前夜、父はうめくようにぼくを呼んだ。苦しい、苦しい、父は酔っていなかった。ぼくの手を捕まえて、弱々しく握りしめ、言った。苦しい、睡眠薬を分けてくれ。皮膚は50代前半の人間のものではなく、老人のそれだった。手はあまりにもか細く、震えていた。なにか幻覚を見ているようだった。
薬を分けてくれ。
父はあまりに弱っていたので、医師から、もう睡眠薬を処方されなくなっていた。
だめだよ、おれのは強いから、飲んだら死んじゃうよ。明日、病院に行こう、それで、先生にいい薬を出してもらおう。薬がなくても眠れるよ。
ぼくはヘンデルのメサイアとバッハのバイオリン協奏曲のCDを持ってきた。
天国のように美しい音楽だよ。
そう言って、ラジカセで流した。
高田馬場のある喫茶店。喫茶店とはさいきんあまり言わないのかな。では、カフェ。
そこにいる。高田馬場は早稲田大学を筆頭にたくさん学校があるから、学生がたくさんいる。試験期間だからみんな勉強している。ぼくはこういうところで試験勉強をしたことがあったかな。どういうところで、どんな試験勉強をしたのか、あまり覚えていない。
よく記憶しているのは1年生のときの期末試験だ。革マルがストライキを起こした。すべての試験会場を封鎖して教員を中に入れない。みなヘルメットをかぶり、タオルを口にまいて顔を隠している。いろいろな大学や「プロの」運動家が応援に来ている。全会場を封鎖するには早稲田の革マル派だけじゃ足りない。
フランス革命、かくあらん(嘘)と、あちこちで紛争が起きる。紛争、闘争、逃走。
ぼくたちは教室の中で紛争を眺めていた。教室の入り口を運動家がロックしている。教員はどうにかして教室に入ろうとして、もみくちゃになっている。
学費値上げ反対!
学校当局は見逃しがたい不正を行っている!
粉砕!粉砕!労働者と手をともに闘争だ!
一人の太った学生運動家が教室に入ってきてビラを配った。
君たちは!君たちはどう思うんだ!
しかし、ぼくたちは学費値上げには反対だったけれども、当局の不正やユーゴスラビアについてとくにはっきりした観念があるわけではなかった。学費値上げ反対以外はなんのことだか分かりかねた。
ダークロがなんだかちゃかしたことを言った。その辺のことはダークロHPに詳しく書かれている。
ダークロはあやうく「吊るし上げ」にあうところだった。
あのころのダークロはまともなことを言うことの方が珍しく、いつもシェークスピアの道化のようによく意味の分からないことを口走っていた。しゃべっていたというよりもまさに何事かを口走る中身のない空虚な人間だった。いま思えば、あの空虚さは悩める若者の処世術であったのかもしれない。
しかし、こっちだって悩める若者だったから、その空虚さの裏に、なにかずっしりと重いものがあるのかもしれない、その可能性に気づくほどの余裕はなかった。
ぼくはたいていの時間を横関と過ごした。ぼくたちは毎日、面白いことを探し、しかし、見つからず、どこに行けば面白いことを味わえるのか考えていた。ぼくたちにモットーがあったとすれば、「書を捨て、町に出よ」だった。本を読み足りないこと、読書に限りない喜びがあること、したがって、本を読み、また賢くもなりたい。にもかかわらず、ぼくたちはもう本にはうんざりしていた。うんざりというよりかは、読書だけの生活は牢獄に閉じ込められているような閉塞感を伴うのだった。
だから、大空の下で、読書をしたい。ぼくたちにとっての大空はたいていの場合、女性を意味した。
しかしながら、大空ならぬ女性はまたいとも罪深い存在だった。特定の誰かが罪深いわけではない。女性という現象、女性という表象が罪深く、そして罪深い表象を抱くぼくたちも罪深かった。それで、ぼくたちはいかにして清くなれるのか考えた。こんなに苦しい毎日から逃れるにはどうしたらよいのか。寺に行くか。じっさい、横関は鎌倉の禅宗の寺に行った。一晩で逃げ帰ってきたけれど。あるいは、キリスト者になるか。
ぼくはキルケゴールを熱心に読み、キリスト者になれば救われるのではないかと真剣に考えていた。横関もまた真剣に考えていた。
くだんの太った男は叫んだ。
学費値上げ反対!
追記
上記の文章は馬場のカフェでW-ZERO3を使って書いた。パソコンでやるようにエディタで文章を作成し、コピペ。読み返してみると、ひどい文章だ。まあ、いつも駄文を書き連ねてはいるのだけれど、それにしてもひどい。全面的に書き直そうと思ったが、このままにすることにした。というのも、親指2本でキーボードを入力し、画面も3.7インチだと、こんな風になってしまう記録として残しておきたい。これからも、W-ZERO3で書いていくつもりなので、その変化の記録としたいからだ。
それに、上述した時期のことは、今後も折りにふれ、書くつもりでいる。まだ、未登場の愛すべき友人たちがいるし、大学時代のことを回想するにあたっては、N.Kのことを書かなくてはならない。
前方に月が見える。車をいくら走らせても、月は遠く、同じ位置にある。
子供の頃、月が怖かった。父が運転する車に乗っている。月を見付ける。月はまるで「だれかの」目のようであった。月に見られるのが怖かった。なにもかも見透かしてしまうようなその瞳がいやだった。月が追いかけてくるよと、父に訴えた。逃げないと捕まってしまう。父は笑っていた。家に着くと、窓の外にはまだ月がいて、私を見張っていた。月に見られないように、母にカーテンを閉めてもらった。
時には、月がどのように私を見張るのか、どのようにして私から離れようとしないのかを探るために、屋根に登った。当時のわが家は、二階部分が一階の半分ほどの広さしかなく、半分は屋根だった。それで、二階の窓を開けると、屋根があり、容易に屋根に登ることができた。
その屋根を道路と反対側に行くと、柿の木があった。よその家の木だが、秋になるとよく、妹と柿を取りに行った。そういった共犯関係は私たちを親密にした。しかし、妹はいまだにそんなことを憶えているだろうか。
さて、月を偵察するには、屋根を道路側に進む。道路側には、敷居というか、壁のようなものがあり(わが家は酒屋を営んでおり、建物を四角く見せるための、舞台で使われるようなハリボテがあった。いまでも古い商家はこのような造りである)、そこに隠れることができる。
月に見付からないように、壁から少しだけ頭を出す、あたかも兵士のように。そう、まさに兵士のように、私は月と戦っていた。
私はかのじょのことを思い出した。久しく会っていないあの人は元気でいるのだろうか。そもそも、かのじょはほんとうに存在したのか。かのじょの幻影が私について回るのは、月が私について回るのと同じように、私の狂気のなせる技なのではないのか。
狂人には自らの狂気が分からない。
だれかが言っていた。だとしたら、かのじょもほんとうは最初からどこにもいなかったのかもしれない。かのじょにまつわるあらゆる記憶は、記憶が精神にのみ依存するその特性から、私の心の内にのみあるのかもしれない。もう、誰ともかのじょのことを話さないし、もちろん、かのじょと会ったこともないし、話したこともない。かのじょは死んでしまったのではないのか、あるいはかのじょは最初から死んでいたのではないのか、その考えが私の脳裏に浮かんだとき、私は身震いし、吐き気を催した。
車を運転していた。前方に月が見える。車をいくら走らせても、月は遠く、同じ位置にある。
今日は天気がいい。
そう?
そうだよ。天気がいい。
いや、台風が来てるから、風がすごいよ。雲がすごい早さで流れていく。
うん、風はすごい。でも、天気はいいよ。だって、あの空を見てごらん。あんなに青いよ。だから、天気はいい。
でも、台風が近いから天気がいいとは言えないよ。
台風とか、そういうの、関係ないよ。
え?
だって、あんなに空が青いんだよ。目が痛いくらいだよ。
あの雲は?
雲?ぼくには見えないけど。
われわれの人格・性格といったものがどのように形成されるのか、ぼくには分からない。
『シュレーバー回想録』という本を読んだ。裁判官であったシュレーバーがみずからの禁治産処分を取り消すために書いた本である。すなわち、シュレーバーは「一見風変わりな私の挙動について、完全とまではいかなくともなんとか納得してもらい、少なくとも私がそのように振る舞わざるをえない必然性をわかってもら」うためにこの書を書いた。
「一見風変わりな私の挙動」とあるが、風変わりどころではなく、シュレーバー自らが添付した医師の鑑定書を読めば分かるように、その行動はまったく常軌を逸している。しかし、その挙動には必然性があり、この分厚い本はその必然性について、必然というからにはまさに「演繹的に」語り尽くされている。
フロイトもそうであったようだが、ぼくの目を引いたのは「脱男性化」という言葉だった。
「女体への変容という目論見が成就した後に、私の身体が何らかの形で性的に濫用されるのではないか」
この観念が頻繁に現れ、なぜそのようなたくらみが行われようとしているのか、詳細な根拠が述べられている。
ひるがえって自分を見るにぼくはどのように「現実」を認識しているのだろうか。認識する対象などあるのだろうか。認識という人間の作用は、われわれの人格・性格といったものとどのように関連しているのだろうか。
友人Mの勧めでカール・ポパーの自伝『果てしなき探求』を読む。
第4章「本質主義に関する長い余談」の「いかなる(トートロジカルでない)言明、たとえば理論t、の内容も無限である。その理由はこうである。ペアでは相矛盾し、ひとつづつではtを導出しない、諸言明a、b、cの無限のリストがあるとする。そうすると、『tまたはaまたは両者』という言明はtから導出でき、それゆえtの論理的内容に属する。同じことは、bについてもいえる。・・・・したがって、tの論理的内容は無限でなければならない。」ここで、突っかかってしまい、なにが言いたいのか分からず、ポパーもそのあとすぐ、この「論証は取るに足らぬものである。というのも、それは論理学上の(非排他的な)『または』の瑣末な操作にもとづいているからである。」と述べているし、本を置いた。
必要があり、最近ぼくも論理学を少しだけ学んだ。現代論理学の主流である記号論理学では、日常言語の曖昧さを排するために、文章を記号を使って表現する。記号論理学によると真偽を論じうる文章(命題)は次の5つのみの論理語で記述することが可能である。
1.否定(・・でない)
2.連言(かつ)
3.選言(または)
4.条件(ならば)
5.同値(pとqは同値である、というふうに使う)
たとえば、「かれは演奏家であるが芸術家ではない」は「かれは演奏家である」をP、「かれは芸術家である」をQと記号化し、「PかつQでない」とする。「あなたが生きているかぎり、わたしはあなたのそばを離れない」は「あなたが生きている」をP、「わたしがあなたのそばを離れる」をQと記号化し、「PならばQでない」とする。
なぜこのようなことをするのかというと、「かれは演奏家であるが芸術家ではない」という命題(真偽を論じうる文章)は、「かのじょは美しいが才人ではない」などのように無限に考えうる諸命題と論理的に同じ構造をもつからである。演奏家とか美しいとかいった日常語を排し、記号化することによってその真偽をより容易に判断することができる。すなわち、「PかつQでない」が全体として正しいと言える場合は、Pが真で、Qが偽の場合だけだ。
ポパーの上記の文章は3番目にある「または」を用いて、ある任意の理論が無限の内容を持つものであることを証明したものだが、いったいこんなことにどんな意味があるのか分からず、Mに聞いてみたところ、なんとなく要領はつかめた。
ところで、あたかも英語を習いたての中学生がTシャツかなにかに書いてある変な英語を見付けて喜んでいるかのように、論理学を少しかじったぼくも論理がぶっとんでる文章を見付けて喜んでいる。
7月4日付けの産経新聞の第一面に石原慎太郎の「日本よ」という文章が掲載されていた。石原慎太郎はいつもぶっ飛んだことばかり言っていて、前から好きだったんだけど、この文章もやはりぶっとんでいる。
「靖国問題」についての論考で、まず、こう言う。「『靖国』は・・それを必要とする者にとってはいわば本質的価値の表象であって、歴史への解釈云々といった次元の価値観で左右されるものでありはしない。・・敗者勝者の言い分それぞれあろうが、それが嫌な者、見解を異にする者はただ靖国に行かなければいいのだし、他人事と黙っていればいい。」ここでも、本質的価値の表象とか、引用していないが「時代や立場を超えて垂直に貫かれていくべき信条の唯一の証し」とか意味の分からない言葉が羅列されており、どういうことなのか聞いてみたいが、もっと不思議な箇所がある。続けてこう述べる。「『靖国』は彼女の人生を支える芯の芯なるもの、心意気の象徴としてあったに違いない。それを誰を、何が無下に否定できるというのだろうか。」そういう人々がいることはぼくも知っている。たしかに、そういう人々に「靖国」に行くなと言うのは、まさに非常識、破廉恥、愚劣な行為だ。
ところが、ここで議論がすっ飛ぶ。個人に「靖国」に行くなと干渉することはおかしい、だから、首相も「靖国」に行くべきだ、中国に干渉されるべきでない。はて?すぐに分かるように、個人のはなしと、首相のはなしとでは次元がまったく違う。首相が「靖国」に参拝することが問題になっているのは外交上の懸念や、憲法の政教分離原則と抵触しないかといった事柄である。彼女が「靖国」に行くこととはまったく別のはなしで、彼女のいわば「信仰の自由」にまつわる情緒的なエピソードは首相が「靖国」に行くべきかどうかの理由にはまったくならない。
そもそも、彼女が「靖国」に行くことを阻むのはおかしいと彼女の「信仰の自由」を強く擁護しながら、行きたくない人は黙ってろと言い、靖国や護国神社に親族をまつられて、とても困っているキリスト教徒などもおり、裁判にまでなっているが、そういう人々の「信仰の自由」は「黙ってろ」でどうでもいいようで、国家神道を復活すべきだとの主張が裏に見え隠れする。
文章がとてもうまいので、ついつい納得しがちだが、考えてみるといろいろと疑問の湧く不思議な人だ。また、そこが魅力なのだろう。
たびたびの更新遅れ申し訳ございません。
このごろ、ちょっとやることがあるので。それに、ものにもよるんだけど、ブログの記事を書くのは時間がかかることが多い。それというのも、ぼくは自分のブログがたんなる日記ではなく、なにか「散文詩」の集成みたいなものにならないだろうかと考えているので(このことは以前にも書いた)、ちょっとした出来事を書くのにも身構えてしまって、なかなか書けない。まあ、このことは今日書きたいことではないので、省く。そして、散文詩が成功しているかどうかということも省く(このことに関してはぼくはたいへん懐疑的なのだが)。
今日はさっき風呂場で考えていたことを、忘れないうちにメモとして残しておこうと思い、軽く箇条書き的に書いておく。相変わらず、風呂場はぼくにとって、修験僧にとっての滝なのだ。
・名前 ぼくの名は小林秀雄と吉本隆明とから付けられた。まだ小さい頃、幼稚園かなにかで、あなたの名前はどうして付けられたのでしょう?のようなことを先生から問われて、他の児童が「まっすぐに育つように」、「健やかに育つように」などと返答していて、そういえばぼくはぼくの名の由来を知らないと気づき、帰るとすぐに父に尋ねた。父が言うには、たいへん偉い二人の人の名から付けたんだよ。きみが偉くなるように。偉いっていうのがどういうことかもよく分からず、もちろん小林秀雄と吉本隆明とを知っている児童なんているわけもないから、ぼくはその偉い人っていうのは長いひげを生やしたおじいさんだと思っていた。
思えば、ぼくの名がぼくの生き方を規定しているように思われるのは不思議なことだ。姓名占いなんて信じないけれど、父が赤子のぼくに名付けたその心持ちでそのままぼくを育てたからか。
父はスポーツが好きだったが、ぼくに運動をさせようとはあまり思わなかった。父はキャッチボールが好きだったが、ぼくとは決してしようとはしなかった。ぼくにさせたことといえば、バイオリン、絵画、偉人の伝記を読ませることだった。おかげでいまのぼくはすっかり運動音痴で、かつ、野球やサッカーなどの観戦にもまるで興味がない。
そういえば、ぼくの家系には文に優れた人はいたけれど、武に優れた人というのは聞いたことがない。父の叔父は早稲田の建築科の講師で、別の叔父はシューベルトだとか、なんだかへの情熱的な日記を大量に残し、太平洋戦争で戦死した。いまそういった人たちはすべて物故してしまい、詳細は分からないが、そういうのがごろごろといたらしい。ぼくが文に優れているかどうかはともかく、その方面に興味があるというのは、なんとも不思議な因縁というべきか。
中学生くらいの頃、結局ぼくの名の由来となった偉い人って誰なんだと、父に尋ねたところ、小林秀雄と吉本隆明の名を聞いた。そのときはなんだか嫌な気分だったけれど、60年代後半、70年代初頭の学生気質が伺われて、いまとなっては興味深い。あのころ、彼らは文学青年に圧倒的な存在感を示していたのだ。
それにしても、カールだとか、ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒだとか、ルートヴィッヒなどと名付けられなくてよかった。
・一方の母方の方は、やくざものぞろいである。ここ何年かで、やはりあらかた亡くなってしまったが、みな魅力的で、その魅力はなにか神話的とも思える人たちだった。ぼくはいつか、その人たちの生き様を中上健次よろしく、小説として書きたいと思っている。時間ができたら、静岡に取材に行こうと思っている。彼らは五代目清水の次郎長の舎弟だった。
・こんなことを書くと、家系、家庭環境による排他的権威主義者だと思われるかもしれないが、そうではない。幼少時の関係が人間を規定することはフロイトが述べている。また、団藤重光博士も人格は環境に規定されつつも、主体性が大きな位置を占めると述べている。
・夜も更けたので、今日はこの辺で。
文には流れというかある定型があってそれに逆らってなにかを書こうとすることは難しい。たとえば、「きょうは」と書けば、「いいてんきだ」や「ごきげんいかが」や「大安だ」などと続き、「冷蔵庫だ」や「ゴキブリだ」や「一年だ」などとは続かない。つまり、「きょうは」と書いた時点で、その後に続く言葉は制約される。
ぼくはそういう風に制約されるのが嫌で、なるべく違った風に書こうとする。どこかで見かけた文だけで文章が構成されているのが、なんだか嫌なのだ。これはぼくの文章力、もっと言えば、思考が欠如しているのと関係している。ユニークな思考があれば、平易でどこかで見かけたことのある文だけで文章を書いても、全体としてはユニークなものになる。ぼくの場合、全体としてユニークなものがないので、細部にこだわり、文がなるべく定型にはまらないように苦心する。
ここでは「ユニークでなくてはならない」ということが前提となっている。つまり、誰とも違うぼくというものがいて、その誰とも違うぼくが書くものは誰もが書かないようなことを書く(べきだ)と。
はたしてぼくはそれほど独自の存在だろうか、ということを、いま考えていたのだけれども、おそらくぼくが思っているほどには独自でなく(平凡であり)、他人が思っているほどには平凡ではない(独自)だろう。しかし、このことはおそらく、誰にでも当てはまるので、結局ぼくは平凡だということになる。
とりあえず、そんな問題はおいておくとして、ある時、キビさんからこう言われた。この前、ダークロたちと横浜で飲んだときのことを、ぼくはここで「相変わらず盛り上がらなかった」というように書いた。盛り上がらなかったことはないんじゃないの、と言われた。たしかに、誰もがつまらなそうな顔をして、いまにもカバンの中にある本を手にしそうになるほど、盛り下がっていたわけではない。なぜそんな風に書いたのかというと、先日飲み会がありました。相変わらず、ここまで書いたときに、浮かんできた言葉が、実際の出来事とは関係なく、「盛況でした」という言葉だった。たいてい、そうやって書くものだ。でも、はたして、あの飲み会は盛況だったのかというと、そうでもない。それで、たんに文の定型に反対するという理由だけで、「盛り上がらなかった」と書いた。
しかし、まあ、たんなる反対も結局は定型にとらわれているだけだ。
猫が死んだ。半年前、いや一年前だったかもしれない、から具合が悪く、症状が悪化すると病院に連れて行った。食欲がなくなり、尿が出ないようで、トイレでライオンのようなうめき声を出す。とにかく具合が悪いのだろうと、病院に行った。腎不全らしい。それで、尿が出ないのだ。
猫、花子は性格がきつかった。知らない人が家に来るとかむ。知らない人ならまだしも、家人をもかむ。ぼくも何度かかまれ、ひっかかれた。花子が気分よさそうに寝ている。なでる。のどを鳴らし、喜んでいる。ところが、突如ほかの猫になったかのように、かみついてくる。
まだ若いとき、こんなことがしばしばあった。大輔が朝起きてトイレに行く。すると花子がトイレの前で待っている。大輔をかみ、ひっかこうと待っているのだ。花子を苦手な大輔は大声で妹を呼ぶ。それも朝の5時くらいに。大輔の「トッキー、助けてー」という悲痛な叫びが家中に轟き渡る。
それでも、端正な顔つきといい、凶暴なだけではなく愛らしい部分もあり、いや、凶暴だったから愛らしかったのかもしれない、家人はみな手に足に傷を負いながらも花子を愛した。
特に母は花子がまだ赤ん坊だった頃からいつも一緒に生活し、一緒に寝ていたから、愛情もひとしおだったろう。
花子の具合が悪くなると、病院に連れて行き、病院ではあまりの凶暴さで、入院を断られ、とりあえず治療だけしてもらい、帰宅すると熱心に看病をしていた。
一ヶ月ほど前、またライオンのようなうめき声を出し、トイレに何時間も座っていた。また病院に行った。そのとき、ぼくと母とではなし合った。あたりまえのことだが、動物病院では健康保険が使えない。治療代はすべて実費だ。具合が悪くなってから花子には何十万という治療代がかかった。金額もそうだけれども、問題なのは、病院に行っても調子がいいのはほんのわずかの期間で、また症状が戻る。あのライオンのようなうめき声にぼくたちはいい加減疲れていた。あまりに苦しそうで、それに耐えることができなかったのだ。
こんなに続くなら花子もかわいそうだからあのカレーニンのように注射を打ってもらおう。そう言うと、母はそうだねと答えた。複雑な心境なのはその表情から手に取るように分かったけれども、それが最善の策のように思われた。
にもかかわらず、母は花子に治療を受けさせて帰ってきた。しかし、母を責める気にはなれなかった。
今日、花子の具合が突然悪化した。まともに歩けない。夕方になると、横になったまま、動かなくなった。母はそんな花子に歯磨きのチューブのようなものに入っている薬を一生懸命飲ませた。その薬には利尿作用がある。尿が出れば、腎臓にある毒素が排出される。はーちゃん、飲んで、飲まないと死んじゃうんだよ。お願いだから飲んで。
母はそのチューブをまるで魔法の秘薬とでも思っているようだった。そんなことをしてももう無駄なのはぼくには分かっていたが、やはり、ぼくは母がなすままにして、それを制止することはしなかった。
午後9時10分、花子は死んだ。いつものように気持ちよさそうに寝ていたのが、かっと口を2度開き、死んだ。母は花子を懐に抱きしめ、泣いた。はーちゃん、楽になれて良かったね。
麻衣ちゃんがブログを開設した。麻衣の部屋。映画評がおもしろい。夫のダークロも映画評を書いているので、夫婦そろっての映画評。趣味が共通してるのっていいよね。
今日はとんでもなく早起きをした。2時間ほどしか寝ていない。2時くらいに寝て4時に起きた。本を読もうと、一冊、重くて分厚い本を手にした。数行読んだが、まったく頭に入らない。まったく頭に入らないというのは、正確ではなく、というのもその本は何回と読んでいるから、内容はなんとなく分かっている、読む気になれなかった。
なにか軽いものを読もうと本棚を見渡したが、軽い本がない。積んである本の後ろに読みかけの『オブローモフ』があったが、読むと悪い影響がありそうなのでやめた。
そういえば、このごろ、小説やら一般教養的な本をほとんど読んでいない。最近読んだ唯一の小説はダークロの『タイタンの存在者』だ。19歳の時に書いたものだという。才人だ。
仕方がないので、PHSで2ちゃんを見た。2ちゃんてなんであんなに独特の言葉づかいをするのだろう。前後の文脈からなんとなく意味は分かってもしっくりとこないので、なにか歯がゆい。
2ちゃんも飽きたので、横に寝ているTにちょっかいを出した。
きょろぞーさん、こんにちは。
きょろこー、ごきげんよう。
(右手を顔の横でふりながら)はろー!
Tは突然起きて、右手を顔の横でふりながらはろー!と返事をした。
わが家の近くを走る電車は山の多い横浜の谷間を這うように走っている。ぼくの部屋から駅を見ることができるのだけれど、駅の向こうには小さな山があり、その斜面にマンションが階段のようにある。1階、2階、3階、、、と階ごとに段差があり、まるで階段か、段々畑のようだ。こちら側も山になっており、それはぼくの部屋からすると、背後にある。その上には古くて大きな浄水場がある。
洗面所から出てきて、リビングを見ると、いとこのYが子犬をだっこして、窓の外を見ていた。ふと、妹かと思った。妹は子供の頃からずっとそうしてペットを抱いて窓の外を見ている。
その一瞬の錯誤がぼくにいろいろなことを想起させた。その個人的な錯誤におちいるのはぼくだけなのだろうが、そのように個々の光景に人がそれぞれさまざまな意味を読み込み、われわれの世界に対する認識というのも個々のさまざまな意味の読み込みによって成り立っているのだろうか。
そんなことはちょっとぼくには分からないけれど、この青い空の下で、あいかわらずぼくは感傷にふけっている。「内田樹の研究室」でこんな文章を見付けた。
「宿命的な出会いとは、その人に出会ったそのときに、その人に対する久しい欠如が自分のうちに「既に」穿たれていたことに気づくという仕方で構造化されている、と。
はじめて出会ったそのときに私が他ならぬその人を久しく「失っていた」ことに気づくような恋、それが「宿命的な恋」なのである。
「初恋」が「二度目の(あるいは何度目かの)恋」として、眩暈のするような「既視感」に満たされて重複的に経験されるような出会い。
私がこの人にこれほど惹きつけられるのは、私がその人を一度はわがものとしており、その後、その人を失い、その埋めることのできぬ欠如を抱えたまま生きてきたからだという「先取りされた既視感」。
それこそが宿命性の刻印なのである。
だから、どのような出会いも、作為なく二度繰り返され、そこに既視感の眩暈が漂うと、私たちはそこに宿命の手を感じずにはいられない。」
内田樹は思想家の中でもめずらしく愛を語る。それにしても、それにしてもだ。ぼくが常々書きたかったことはこういうことだった。書かれたものを読むと簡単なようだけれど、書くのは難しい。
ゴールデンウィーク。天気がいい。当然のことながら、みんな休みのようで、その中でも仕事のTは電車に座れると言って、喜んでいるのか、つまらないのか定かではない。
Tの作ったキノコシチューを食べる。あまりに多く作りすぎてしまったので(12皿分くらい)、Tはあまり食べないし、ぼくが大食漢のように食べる。まあ、味はおいしい。
ここ何年かゴールデンウィークはぼくにとってとてもいやな日々だ。
いや、ぼくはもっとほかのことを書こうとしていたのだけれど。なんだっけな。
考える。考えるということは独り言にちがいないのだけれど、ずっと独り言を続けていると、ぼくは自分の頭がおかしいのではないのかという恐怖に駆られる。そうして独り言をやめる。空虚な頭というのはなんと居心地がいいのか。
そういえば、Oさんと話していて、『新明解国語辞典』のことが話題に上った。「めちゃくちゃ主観」で書かれているとのことだった。新明解のことは以前にも書いた。
間違いやすい言葉
ほかの用件で、三省堂のサイトを見ると、「あの国民的国語辞典が7年ぶりに大改訂」とある。とりあえず、bk1で注文してみた。知らないうちに第6版になっていた。
大学に入る頃、ぼくは新明解と岩波の国語辞典を使っていた。特に意識することもなく、辞典が必要なときはどちらか手元に近い方を使うという感じだった。ところが、シェークスピアの研究で有名なある教授の授業で、教授は教室に入って来るなり赤い辞典を高々と頭上にあげ、みなさん、新明解の新しい版が出ましたよ、もう買いましたか、と言うなり、「恋愛」の項目をまるで役者のように読み上げはじめた。
「恋愛 特定の異性に特別の感情を抱き、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、出来るなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて歓喜したりする状態に身を置くこと。」
肉体的な一体感ですよ、わかりますか?、分かる人も分からない人もいると思いますが、にくたいてきないったいかんですよ!、常にはかなえられないで、やるせない、やるせないですよ。これは詩ですよ、とはしゃいで、次は岩波の恋愛の項を読む。つまらないですね。これはまあ国定辞典みたいなものです。
ぼくは詩的な定義に満ちた辞典という言葉に魅了されそれ以来すっかり『新明解』を使うようになった。
あれから7年。またもや新明解は改訂され、教授はさぞやはしゃいでいるだろうと思ったが、おそらく退官しているだろう。芝居が大好きで、観劇してくると、授業でそのまねをする。ぼくは単位に関係なく、毎年授業に出ていた。たまにだけど。
で、恋愛の項を見ると、これが改訂されていた。
「恋愛 特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になると言った状態に身を置くこと。」
肉体的な一体感は削除されたが、これもまた詩的。しかし、どうしてこのように改訂する必要があったのかは知りたい。
新ドラえもん見た。やはり何十年も聞き慣れた声と違うと別のアニメを見ているようだ。
ところで、早稲田の一文・二文廃止について。
二文は正式には第二文学部。第二文学部は夜間だ。夜間学部は他学部にもあった。第二法学部とか、第二商学部とか。それらはかなり前に消えて、残っていたのは第二文学部のみだった。
夜間学部とはもともと労働者も大学に行けるようにしようという意図で設立された。昼間は働き、夜は大学へと。
ところが、勤労学生というのはあまりいなくなった。受験生のあいだでは、第二文学部は第一文学部の滑り止めという意味合いが強くなった。実際に一文に落ちて二文に通う学生というのもかなりいた。このことが大学に二文廃止を踏み切らせたのだと思う。
しかし、滑り止め学部というのは、入学するまでの話で、入ってみると、二文は一文とは違ったなにか怪しげな雰囲気を醸し出していて、夜戸山キャンパスに行くと、昼間とは違う変な人物がぞろぞろしていた(ちなみにぼくは一文出身だが、二文の学生と懇意にしていたので、よく夜にも大学にいて、授業も出たりしていた)。一文の時間と二文の時間では、同じキャンパスでも、いる人種が違う。見るからに変人率が二文の時間の方が圧倒的に多い。
そもそも文学部とはなにか?という問いは教授からも、われわれ学生間でもしばしば問題になった。文学とは実学ではない。社会を規律する法を研究する法学部や、政治や経済の仕組みを研究する政治経済学部とは対象とするものが明らかに違う。対象とするものは、詩、戯曲、小説といったものだ。そんなものはなくても困らないし、たいていの人はそんなものなしで生きている。しかし、法や経済や政治といったものは、われわれが関心を持たなくても、そこにあり、われわれの生き方に関与している。
また、文学というものはその研究方法すら確立していない。各研究者は自らの好きな方法で文学を研究する。あるものは文献学的方法により、あるものは現代思想を取り入れて。研究方法が確立していないということは、お互いに議論のしようもない。土俵が違うのだから。つまり、確固とした学問としていまだ成立していない。
それはともかく、文学部に通う学生というのは、さまざまなものがいる。ごくありふれた学生(たまたま受かったのが文学部)、作家になりたいから通っている、文芸評論家になりたい、美学者になりたい、役者になりたい等。ごくありふれた学生をのぞいて、たいていの文学部生というのは「早稲田の文学部」になにか幻影を求めて入学してきたものが多い。「早稲田の文学部」というものになにかとても素敵な、知的興奮に充ち満ちた場を求めて集まってくる。
ところが、現実は、文学部とはなにかを悩む教授たちと素敵な場を求めて肩すかしに合う学生たちとが織りなすなにかすかすかした場だった。でも、そのすかすか感がよかった。すかすか感の中で、結局大学なんてどうでもよく、作家になりたいものは自分で書き、役者になりたいものは自分で演じた。二文はそのすかすか感がさらに強かった。
いまこうして早稲田大学はすかすか感をなくそうとしている。残念だ。
Tに色が白いねと言うとほんとうは違うと言う。しかし、多くの人が白いというのだから、おそらく白いんだろうと思う。それでも、Tはほんとうは違うのにみんなわからないだけだと言う。Tはそのほかのことでも、なんとかだね(たとえば、音感に優れているねとか、お嬢様だね)と言うと違うと言う。
それでは、Tという人間はTが思っているような人間なのか、あるいはT以外の人が思っているような人間なのか。そこまで大げさに言わずとも、Tの肌は白いのか、白くないのか。
ここでぼくはあらゆる外部(他者)からの印象を否定するTをぼくの稚拙な精神分析を用いて解明しようとしているのではない。ただ単にTの肌は白いのか考えるだけだ。
肌の白さといってもこれが絶対的に白いという基準があってそれに当てはめて判断するわけではなく、一般的な肌の色とわれわれが思っているものと当のその人の肌の色との相対的な比較判断というか、印象である。そこでTはその比較において自分の肌は白くないと判断し、そのほか多くの人々はTの肌は白いと判断する。いったいどちらが正しいのか。この議論の前提とする「比較判断」からすると、答えは出ない。なぜなら絶対的に白い肌というのが存在しないからだ。すると「どちらが正しいのか」という設問の立て方が間違っているようだ。しかし、こう反論することもできると思う。たしかに、色の白さなどの感覚的なものに絶対的な基準はない。感覚的なものにおいては、多くの人がそうだと思うものが、正しいのだ。すなわち、多くの人が白いと思うものが白いのだ、と。しかし、こういった議論は一定の説得力を持ちながらも、看過できない問題点を含んでいる。というのも、感覚的なものを表現する芸術においては、概してそういった多数者の感覚というものが排され、かつ、個性的な感覚をもって普遍的な感覚を獲得しようと芸術家はもくろむ。
やはり、「どちらが正しいのか」という問題提起そのものが間違っているようだ。すると問題はどこに存するのか。問題はおそらく、自己認識と他者からの(私に対する)認識とのずれにある。これはだれもが経験するところのものだ。
ここまで来るといまのぼくにはちょっと手に負えない問題だ。思いつくことを少し書いてみたい。
おそらく、ぼくはTが何者であるのか、知らないし、知ることもできないだろう。人間になにか本質的で統一的な、表象されるべきなのにいまだわれれれには表象することのできない「人格」というものが存在しないからだ。そこで、ぼくのTの表象というのは、顔、体型、服装、しぐさ、行動、発言、ぼくとTとの関係といったもろもろの個別の要素から成り立っている。そういった要素のなかで、関係が他の要素から区別される。顔、体型などはぼくの身体を通じて認識されるものであるのに対して、関係とは関係そのものに他ならず、自らもその関係の中にいる以上、外部としての顔や体型を認識するようにはその関係を認識することはできない。また関係は常に流動的である。
思うに「関係」こそが、ぼくのTの表象を規定する。これは卑近な例からも推察することができる。Tがぼくの母親であれば、妹であれば、妻であれば、娘であれば、といったふうに、Tとの関係によってぼくのTの表象は大きく違ったものになるだろう。また、「関係」こそが自己認識をも規定するとも思うが、夜も更けたので今日はこのあたりで。
・今日の雨はひどかった。車を運転しているとまるで雨が煙のように立ちこめて、前が見えない。こういう日はどの車もゆっくりと走る。雨が粘着質の物体であるかのように車を減速させるのだ。
・ここ何年か変な本ばかり読んでいるので言葉づかいが変になる。「けだし」とか「そういうことはとりあえず捨象して」とか口走りそうになる。そういうしゃべり方は嫌だ。それで「自然に」しゃべろうとする。しかし、「自然に」と考えた時点で、すでに自然なしゃべり方はぼくにはなく、ぼくの日常会話はただでさえ空虚なのが、さらに上滑りし、収拾がつかない。なるべく「普通に」しゃべろうとし、その「普通」って言うのが、どういう事なのかわからず、会話は進行し、結局なにもしゃべらずに、しゃべっているにもかかわらず、なにもしゃべらないでいる。
・先日、ダークロ夫妻と忘却王とハットリ君とキビさんとぴょろえもんと飲む。ぴょろえもんは仕事で後から来た。遅くなったが、ダークロ夫妻の結婚祝い、それから、忘却王留学祝い、ハットリ君就職祝いということだった。相変わらず盛り上がりに欠ける飲みだった。ぴょろえもんはぼくの過去の話を聞き、しょげていた。ぼくはそういう場であえて過去の話をする。というのも、ぼくはそんなことはぴょろえもんにとってはどうでもいいことなのだと、話すことで伝えるのだ。いったい、「沈黙」ほど恋するものに不快な過去はあるだろうか。
ダークロの妻の事も気がかりだった。そうして、ぼくの気がかりはいつも空回りをする。ダークロの妻を笑わせようと、ぼくはくだらないことを二三言ったが、妻は無反応だった。
・NATURAの事で、コメントをしてくださった方々、ありがとうございます。コメント数を見ればわかるように、見事落選しました。しかし、NATURA1600一本くれるそうです。富士フイルムの方もありがとう。
・写真は先頃購入したデジカメSONYのW5。やっぱりスキャンしなくていいのって便利だなー。
・怠慢のせいか、今日自分のブログを見ると真っ白になっていた。スパムトラックバックが嫌がらせのように大量に送られてきて、そのたびにサイトが再構築される。それでこんなことになってしまうのだった。
・あれからダークロから2回電話があった。しかしその時もやはりぼくは運転をしていた。いったい何でいつも運転中を見計らって電話をしてくるのか。メールをしたところ、愛妻弁当を食べて毎日快適に過ごしているらしい。
・今日帰ってきて、パソコンを立ち上げると、ネットにつながらない。ADSLの問題かなと思って、IPフォンで携帯にかけると、050で始まる番号で着信がある。ということはADSLはつながっているわけだ。ぼくの部屋にはどういう訳か3台もパソコンがあるので、ほかのパソコンで試してみた。ネットにつながる。ということは、このパソコン固有の問題と考えることができる。まず、LANカードにPINGを打つ。返事がある。次にはルーターにPINGを打つ。返答がない。ルーターとパソコン間にあるスイッチングHUBにPINGを打つ。返事がある。LAN上のドライブにアクセスしてみる。アクセスできる。ipconfigでローカルIPアドレス、デフォルトゲイトウェイを確認。DHCPでアドレスはきちんと振られているようだ。ところが、ルーターにPINGを打って返答がなかったことからも分かるように、やはりルーターの画面を開くことができない。この辺でなんとなく解決策を見付けた。ルーターのDHCPがきちんと機能していないのだ。ほかのパソコンからルーターの設定をし、いまこうやって、ネットにつながるようになった。
・このごろ、目が悪くなったような気がしていた。活字なんか滲んで見えるし、遠くのものも以前はもっとはっきりを見えていたような気がする。それで、今日、横浜に行ったついでに眼鏡屋さんに行ってみた。視力を計ってもらうと、右が0.4、左が0.7、遠視、乱視とのこと。左目でものを見ているらしい。このようなレベルでは眼鏡は必要不可欠ではないけど、試しにかけさせてもらった眼鏡で新聞を読むと、活字がとても鮮明だ。はずすとやはり滲んでいる。遠くを見てもシャープに見える。安いし、買うことにした。それでフレームを探した。ところがぼくはまつげが長く(「おまえの長所は長いまつげだけだろ」ダークロ)、かなりの眼鏡でまつげがレンズに当たってしまう。そういうわけで、自然と選択肢が半減した。とにかくフレームを見つけ、ぼくも眼鏡一族の仲間入り(ぼくの周りには眼鏡をかけている人が断然多い)。
・久しぶりに風呂に入った。いつもシャワーだ。妹たちが来ていて風呂を入れていたので、一番あとに入った。長風呂をした。
・パソコンの調子が悪い。画像が入ったフォルダーを開くと強制終了し、再起動後「システムは深刻な危機から救われました」というようなメッセージが出る。エラーの詳細を見るとグラフィックカードの問題と出るので、グラフィックカードのドライバを更新した。しかし、それでも症状は変わらない。BIOSもアップデートしてみた。それでも変わらない。ノートンシステムワークスでウィンドウズの問題点を調べ、改善してもらった。それでも変わらない。念のためにウィルスのスキャンもするつもりだ。こんな症状を発生させるウィルスって聞いたことがないけど。買い換えるお金はないので知らないあいだに直っていて欲しい。そんなことってあるのかな。
・先日携帯電話に公衆電話から3回電話がかかってきた。あいにく運転中だったので、電話には出なかった。今どき公衆電話からかかってくることなんてあまりない。最初にかかってきたとき不審に思い、出るのにとまどった。それもそうだけど、公衆電話からかかってくると、携帯に「公衆電話」と出るのがおもしろい。電話の主はダークロだった。携帯を持っていないのだ。仕事上の理由でむりやりPHSを持たされたことがあるようだけど、いまはなにも持っていない。なにかポリシーがあるようだけど、よく分からない。やましいことをしているにちがいない。先日の電話もおそらくダークロからだと思うけど、こちらからかけ直すことはしなかった。こういうわけで、どんどん友達が減っていく。
・武部自民幹事長が「日本は天皇の国」と発言したそうだ。前後の文脈がまったく分からないので、詳細は分からないが、政治家として非常に思慮に欠けた発言だと思う。日本国憲法によれば天皇は主権の存する日本国民の総意に基づいてその象徴としての地位を認められる。「日本国民の総意に基づく」というのは擬制に過ぎないとしても、その規定の真意はあきらかに戦前の統治の総覧者としての、主権者としての天皇を否定するところにある。「日本は天皇の国」というのがどういう意味なのか不明だが、国会議員という地位は憲法が授権したものだ(似たようなことは以前にも書いた)。憲法によって授けられた権力を行使するものは憲法に背くことはできない。というのも、自らのよってたつ基盤を自ら切り崩し、自らの権力を否定するという自己矛盾におちいるからだ。
においのする音楽、ある色と強く結びついた音楽、そういうものが誰にでもあるのかわからないけど、ぼくはモーツァルトのバイオリン協奏曲第三番を聞くと、嗅覚と視覚が刺激される。この曲は中学生の頃、よく聞いていた。中学生くらいだと、感覚も鋭敏というか、独特のものがあって、そのころ聴いていた音楽というのはおしなべて、耳にのみ訴えるのではなく、色彩やにおいを想起させる。
眠れないとよくこの曲の第二楽章を聞いた。平凡なたとえだが、天上の調べだ。短いトゥッティがこの楽章のテーマを示す。するとソリストがあたかも天使が舞い降りてきたかのように、あるいは、プラトンのイデアはここにあると密かに、しかし、切実に訴えているかのように、バイオリンを奏ではじめる。オーケストラとソリストとの関係は親和的、調和的、かつ、緊張している。
この第二楽章は青を想起させる。澄み渡った青空よりも、小風吹く大洋の青よりも、さらに青く、美しい青。ぼくはそんな青を見たことがないが、この音楽がその青の存在を教えてくれる。
舞台中央にベッド。ベッドにのみライトが当たる。一組の男女が寝ている。
情事のあとである。けだるい雰囲気。
男は言う・思う。 「君はぼくだろうか、ぼくはぼくだろうか?」
女は言う・思う。 「あなたは私だろうか、私は私だろうか?」
パイプオルガンの音。無調音階、なつかしいような居心地の悪いような音楽。
男は立ち上がる。女は立ち上がる。
彼らは音楽に合わせ・あるいは無視して、おどる。それは18世紀の音楽、あるいは19世紀のワルツを踊るかのように、あるいはさきほどのセックスを連想させるかのように。
男は言う。 「かつてぼくは君だったろうか?」
女は言う。 「かつて私はあなただったろうか?」
照明が落ちる。そして、明るい吹奏楽が流れる。二人は、陽気に踊り出す。照明が舞台すべてを照らす。赤、青、等々・・・・・。
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これはぼくがたぶん7,8年前に書いたものだ。黄色い一枚のルーズリーフになぶり書きしてある。裏面には"no stagment emotion"と筆記体で2回書いてある。意味は分からない。その下には、「主体と主体との真の関わり合い」と書いてある。主体、関わり合いなどという言葉からして、当時受講していた実存主義哲学に関してのことだと思う。上記に書いた短い劇は授業中に思いついたという記憶がある。これを同級生のIさんと、Eに見せたところ、二人から酷評をもらった。
・N.Kが迷惑電話で困っており、その事をブログかなにかに書いていると横関から聞き、パソコンを立ち上げて検索をした。そこで、目が覚めた。
・病気といってもぼくのばあい、どこが具合が悪いのか自分でもよく分からないので、病気である(と医師から言われている)ことを人に話すことは滅多にない。あまり、というか、まったく覚えていないのだが、以前は病気であることを必死に訴えていたようで、それが人に不快感を与えたらしい。それもあってぼくはN.Kから嫌われたのだが、まったく当然だと思う。しかし、治療途中で病院に行かなくなってしまった腎臓のほうは、左の腎臓がたまに痛む。腎臓が痛むというのは正確ではなく、というのも腎臓には感覚がないらしい、左のわき腹が疲れているときなどに痛む。
・冬。この時期になると、必ず「浄められた夜」という詩を思い出す。
・この前落ち込んでいたのは先生から「おまえ、白い革靴なんて履いてキザだな」と言われたからではない。
・家から歩いて5分くらいのところに、個人経営のカラオケボックスがある。何年前からあるのか分からない店構えで、汚い。でも、近辺にカラオケボックスはここしかないので混んでいる。以前、そこにAと行った。部屋の中は場末のスナックのような調度品でととのえられている。Aはジャイアンのように一人で歌っていた。ぼくはといえば、ぼくはカラオケにあるような曲をほとんど知らない。このような無知は恥ずかしいことなのか、さっき歯をみがきながら考えた。Aはたくさん歌えて、満足そうにほほえんでいた。
・たまにヨドバシに行く。カメラコーナーを見る。いつの間にかカメラコーナーの多くの面積をデジタルカメラが占めていた。銀塩カメラは申し訳程度に置いてあるようだ。その事実に気付いたとき、隔世の感を覚えた。そんな状況で、コシナはよくもベッサシリーズを売り出したなー、えらいなーと思う。ぼくの持っているBESSA-Rはすでに生産中止になっている。いまでは後継機種のBESSA-R2Aなどを売っている。BESSA-RはLマウントといわれるレンズを使える。ライカがM3を発売する前に採用していた規格で、当時カメラを生産する国のほとんどでその規格のレンズを作った。もちろん日本でも。かのソ連も大量に作った。ぼくはBESSA-Rにソ連製では上等のJUPITER-3というレンズを装着している。FED50/3.5という見た目はエルマー(昔のライカの標準レンズ)そっくりの沈胴式レンズがあるので、いつかそれで撮影してみようと前々から思っているが、そのレンズがどこにあるのか見つからない。下の写真はそのBESSA-RとJUPITER-3で撮影したプント。金属の質感が異様だ。
○スパムコメントを送ってくる海外の業者はついに新しいソフトウェアを開発したようで、ものすごい数のスパムトラックバックをうってくる。この数日間で200近いトラックバックを受け付けた。二つの意味で迷惑だ。まず、それだけレンタルサーバーの容量を食う。それから、トラックバックを受けると、サイトが再構築され、古い投稿記事が消えていくので、更新を怠りがちなぼくとしては、ページを真っ白にしないために何でもいいから書かなくてはならない。
○駅にあるスーパーで買い物をした。目的があって行ったわけではないんだけど、食品売り場にあるいろいろなものを見ていて、クリームシチューを作ることになった。出来合いのルーのどれにするか、悩む。パッケージを見ているだけでは、もちろん味はわからないので、その謳い文句から想像するしかない。どうする?どうしようか?特価品のものにしようとしたところ、きのこのクリームシチューというのに目がとまった。ボルチーニ茸の香りとある。ぼくとTはボルチーニ茸が大好きなので、それにすることに決めた。パッケージの後ろにある材料を参考に食品をかごの中に入れていく。クリームシチューには鶏肉が合うということで、肉売り場に。いろいろ種類があるが、安いむね肉をかごに。それから、生鮮売り場でジャガイモ、エノキ、エリンギ、電話で確認すると、タマネギは家にあるというので、かごに入れす、飲料水売り場で生茶、三ツ矢サイダー、ジンロをかごに入れる。
このスーパーから家に帰るには道が二つある。ひとつは昔からある小さく雑多な商店街を抜けていく。もうひとつは最近できた道で、駅のロータリーを通っていく。どちらから帰っても時間はたいして変わらない(3分ほど)のだが、ぼくはロータリーを通っていく方が好きだ。駅の商店街を抜けていくルートは家の間近で暗く、細い道を通らなければならない。ぼくはあの道があまり好きではないのだ。しかし、Tはつかつかと、商店街を抜ける方へと歩いていく。反抗するでもなく、ついて行く。
その暗く細い道にハンチング帽を深くかぶった初老の男性が立っていた。荷物をちょうど肩の辺りにあるコンクリートの壁に置いて。彼は外灯のしたに立っているので、まるで舞台の上の俳優のようだ。慣れた手つきでジャンパーから煙草を出し、口にくわえる。100円ライターで火を付ける。何気ない、ありふれた光景だった。ふと、壁の上に置かれた荷物を見た。それはかつては純白であっただろう白い布でしっかりと包まれたお骨だった。その固く結ばれた結び目にぼくはしばらく目をとらわれた。
十五世市村羽左衛門が富樫をつとめる昭和18年上演の幻の『勧進帳』が発売(ビデオとDVD)されていることを知ってさっそくアマゾンで注文した。配役は七世幸四郎が弁慶、六代目菊五郎が義経、前述のように十五世羽左衛門が富樫。長唄は杵屋栄蔵社中。
せりふや長唄、囃子を聞いているだけでも、心地よい。こういうときに日本人に生まれて良かったと思う。ある英語を母国語とする人がシェークスピアを見て英語が母国語で良かったと言ったのと同じだろう。
この『勧進帳』は映像で見ることのできる『勧進帳』の中では最高のものと一般には言われている(明治初期に生まれた人は九代目の弁慶はあんな風ではなかったと言ったそうだが、ぼくたちには知りようもないことだ)。
「かように候うものは加賀の国の住人富樫の左衛門にて候う・・・」という名乗りであれだけぞくぞくできるのは羽左衛門のほかにはいないだろう。せりふ回しから立ち姿まで、お見事!の一言。戦前に「抱かれたい芸能人ランキング」というのがあったとしたら羽左衛門はずっと1位を保持しただろうと思う。
その後、この三人は相次いで亡くなり、海老様や松禄の時代を過ぎ、芸の水準は下降をたどる。それを確かめるにはもう一つ発売されている『勧進帳』を見ればいい。
また、長唄連中もいまとはずいぶん違う。栄蔵の三味線は豪快で、しかし、繊細でもある。最初の大薩摩のところ、トーンテンテンというところで、栄蔵は勢い余ってばちをほかの糸にもかすめてしまう。こういう事はいまでは考えられないことだ。いまではなによりも正確さが求められ「気分」が犠牲にされる。
こうして、歌舞伎のことなど書いていると、ついつい、われわれ日本人は外国のものを知るよりも、まずさきにわれわれ自身のことを知るべきだという、右翼的な言説を述べたい欲望に駆られる。現にロラン・バルトは『記号の国』(『表象の帝国』)で日本について、誘惑的な日本について述べているが、、、、などと。そのような言説は不思議な魅力、求心力を持っている。そのような言説はおそらくある程度正論で、ある程度の説得力を持っている(たとえば、母国語より外国語がうまいということは原理的にありえないと思う)からというのもその原因のひとつだろうか。しかし、「・・べきだ」という論述は、意見であって、政治的だ。その意見にはなんらの根拠も示されない。ぼくたちはなによりも押しつけがましいことが嫌いだし、政治的であることを隠した政治的論述も嫌いだ。
それにしても、ぼくたち日本人がだれも『記号の国』のような美しい本を書けなかったということは考えるべき問題のひとつだと思う。ぼくたちは「日本は・・」、「日本人は・・」と語ることにたいへん抵抗を持つ。なぜなのか。
![]() | ロラン・バルト著作集 7 記号の国 ロラン・バルト〔著〕 |
あれはなんというのだろうか。よくグラスで見かける青で染色された部分と白い磨りガラスで構成された彫りのあるランプの傘。窓際にそのランプが3つ並んでいる。ぼくも窓側にいるけど上にランプはない。天井に小さなしかし明るい電球が埋め込まれている。レシートを見ると18時39分入店だから3時間以上いる。病院に行ってきた。シャワーに入るのがいかに大変か訴えた。患者と医師が特別な関係になるのはよく知られている。ニューヨーカーズカフェでぼくは読書をしていた。病院の帰りにここによく来る。カフェラテにココアパウダーと蜂蜜を入れる。ゆっくりと飲むのですでに冷たい。直径10センチほどの灰皿はたばこの吸い殻でいっぱいになっている。
前には国際私法を勉強する学生が一人、右側にはニチビの生徒が4人いる。学生はちょこちょこと携帯を見て、『講義国際私法』と携帯を見ている時間のどちらが長いのか。ニチビの生徒は男2人、女2人。カップル二組のようだ。去年のクリスマスのことなど話している。時間が経つにつれ、窓からの冷気が身にしみる。かしましい喧噪の中で、ぼくは山にこもった修験のように活字を追い、その活字の構成する論理体系にわが身をゆだねたいと願う。
ふと、2時の方角を見た。見覚えのある顔だ。もう何年も会ってないから気のせいかもしれない。ラッキーストライクを手にし、口にくわえた。その顔を見た。あまりに見るので、向こうも見られているのを気づくかもしれない。しかし、気付いたらそれがだれか、だれだったのか分かる。その顔を見た。目を。鼻を。ほほを。唇を。歯を。あごを。ぼくは見た。ぼくにはだれだか分からなかった。
○あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
○寝てばかりいるからなのか、変な夢ばかり見る。「オブローモフ」という小説を片手に寝ていた。この小説の主人公、イリヤー・イリッチ・オブローモフも寝てばかりいる。かれはかれの領地の改革案を夢想し、夢想して疲れて、寝っ転がる。顔を洗うことも考えて、考えて疲れて、寝る。
○年末に忘却王と笑笑に行った。このブログについて話した。最近ぜんぜん更新がない。それでぼくは訳を話した。すなわち、ぼくはこのページであまり具体的なことは書きたくない。ぼくがぼくと特定されるようなことは書きたくない。すると、かれはそうだな、家族でどこそこの遊園地に行ったとか、なになにをしたとか、人物を特定しようと思えば特定できるようなことが書いてあるブログがたくさんあるな、と言った。いや違う、そうではない。ぼくが言いたかったのはそういうことではない。そこで反論はしなかったけど、というのも、この話題についてぼくは人にうまく説明できないことを、前々から痛感していた。たとえば、だれかが、このページを見て、ぼくを「特定」し、わが家に訪ねてきてもぼくはまったく気にしない。ぼくが「特定」されたくないのは、ぼくの心だ。ぼくがなにを考え、なにを思い、そういったことを特定されたくない。そういったことを具体的に書きたくないのだ。では、なぜブログなど書いているのか。ところで、いまの議論の流れには多少の混線がある。ブログ=公開日記=生活を語るという前提だ。ぼくはぼくの生活をここで「具体的に」語りたくない。いわばこのブログは散文ではなく、散文的な詩なのだ(punto,selectaは除いて)。
○そもそも、なぜ最近写真にのめり込んでいるのかと言えば、ぼくは文章というものにこの頃、なんだか違和感を覚える。最初それはぼくの文章力のつたなさのせいだと思っていた。たしかにそういう面も大いにあるだろう。たとえば、先ほどの忘却王との「特定」についての会話のように、ぼくの伝えたいことは、相手に伝わらない。ホフマンスタールよろしく、なにかを書くと言うことになんというか「無力さ」を感じていた。写真は言語を介さない。
○スパムコメント対策のため、CGIその他をいじったところ、コメントをしようとするとエラーが発生していました。元に戻したので、みなさんどんどん書き込んでください。
コメントが出来なくて直接メールを頂いたOさんありがとうございます。コニカC35いいですよね。ぼくのは壊れてしまっていますが。よろしかったら書き込みもお願いします。
○写真はfed-2
○あまりにも更新を怠っていたので、このページを訪れる数少ない人も、皆無になってしまうのではないかと、少し不安になっていた。
更新の時間が空くと、なにか少しでもおもしろいことを書こうとする。しかし、たいしておもしろいこともないし、書けないのでもっと更新が遅くなる。悪い循環だ。
○12月5日、大阪でダークロとマイさんの結婚式があった。ぼくはダークロ友人代表のようなかたちで出席した。なかなか立派な結婚式で華やいでいてめでたし、めでたし。ダークロはいつものように飄々としていた。近いうちにご飯でも食べましょう。
結婚式に来ていたフリーカメラマンN氏と面識を持った。お話を伺うと同じく早稲田の同期である。しかも、あの「第三文学部」の主催者の一人だったとのことで、驚きつつ、当時の早稲田話で盛り上がる。商学部自治会がどうの、早稲田祭がどうの、革マルがどうのと、おそらく、同時代を同じ場所で過ごした中でしか通じない話題。しかし、久しぶりにそういった話をできてとてもうれしかった。そういった事々も脳裏に浮かばないほど時がたったのだ。
で、その「第三文学部」だけど、当時、大学内の壁の至るところにそのビラが貼ってあったサークルで、ぼくたちのあいだでもとても話題になった。あれだけのビラを刷ることができたのは法学部の自治会(共産党系)がただで印刷機を貸してくれたからだそうだ。ぼくの友人、横関氏は学生当時第三文学部に行ったらしく、N氏と友人だった。奇遇とはいえ、不思議だ。
N氏とはカメラのことも話した。披露宴でぼくがカメラ好きと紹介されたらしく、N氏からカメラのことを聞かれた。ミールを取り出した。N氏はライカM3を持っているとのことで、ブレッソンやスナップ写真の話題が出たところで、再会を約し、新幹線の時間となった。
○忘却王が最新のDELLのデスクトップパソコンを手放し、そのパソコンに比べるとスペックの落ちるノートパソコンを買った。なぞの行動だが、なんとなく理解できてしまうのが悲しい。
○今朝、大変ひどい腹痛に襲われた。あまりにも痛くて、血の気が引き、意識を失うかと思った。下痢でもないし、なんでこんなに痛いのかわからない。とにかく痛くて立っていられないし、まともにしゃべることもできない。横になった。しばらくすると、痛みも引いてきた。しかし、やはり病院に行くべきだったのか、と考えているうちに、寝てしまった。歯がぼろぼろになる夢を見た。指で触ると崩れ落ちていくのだ。そうして、やはりそうだったか、と納得した。目が覚めると、なぜ納得したのかわからない。歯はしっかりしている。ミルキーを口に含んでいたので、奥の差し歯がミルキーに付いて抜けていた。
○写真はFED-2で撮影したMIR
最近更新ができない。というのも、書くにはばかることが多い。まず、身辺のことは書けない(書きたくない)。家庭内の事情も書けない(書きたくない)。そしてぼくが何者であるのか書けない。何者であるのかということは書きようがない、それはぼくも知らないし、ましてや誰かが知っているわけではない。
今日、正確には昨日だが、友人Tとガソリンスタンドに併設されているドトールで読書をしていた。しばらくすると、見知らぬ青年が話しかけてきた。Tの名を呼ぶのだ。懐かしいなぁとか言って。Tの高校時代の友人かなにかと思い、ぼくは黙っていた。話を聞いていると、彼とTとは小学生の時の友人らしい。すると、ぼくとも面識があるはずだ。だが、ぼくは彼が誰だか、誰だったのかさっぱりわからない。しかし、彼の方はぼくを憶えていた。ぼくの名を呼ぶのだ。小学3年生と4年生の時、クラスが一緒だったようだ。Kという名前を聞くとなんとなく思い出した。あまりにもなんとなくで、漠然とも言い難い。Kはわが家でぼくとともに段ボールで戦車を作って遊んだことなどを憶えているらしく、また、ぼくが小難しい本を読んでいるのを、あのときからそんな感じだったなと言った。Kは結婚して、子供が二人いるそうだ。もうそういう年代なんだなと感じはしたが、あまりにも人ごとで、わが身を省みるようなこともなかった。ぼくはといえば、相変わらずの瘋癲書生だ。周りもそんなようなのばかりで、根を張った生活をしているのがいないから、Kとぼくとでは、同じ小学校に通って、そのときは同じ空気を吸い、同じ時を過ごしながらも、いつしか、まったく別の道へと進んでいく、そんな当たり前のことが、実感されるのだった。
Kが子供二人に買ったケーキを持ち帰っていくと、しばらくTと昔話をした。昔話といってもお互い共通する話題はたいしてないから、お互いがてんでバラバラに自分の過去を話した。Tとは小学校の時からの友人ではあるが、たいして一緒にいた期間はないのだ。Tは忘却王を自認する。だが、忘却という点では、ぼくも引けを取らない。だいいち、小学生の時もあまり憶えていないし、中学に至ってはなおさら、高校も、高校中退後早稲田に入学するまでも不明な点が多く(レコードや本を収集し、熱心に聴き、読んでいたのはよく憶えている)、早稲田入学後の8年間も記憶が断片的にしかない。すべてを憶えている人はいない。程度の問題だ。しかし、ぼくの場合、Kと話したときのように、相手が憶えているのに、ぼくはまったく憶えていないということが多く、また、ある特定の時期をあたかも意図的に抹消しているようかのような記憶の配列などからして、一般的な水準よりも記憶が欠如、混乱しているようだ。「憶えていない」、「知らない」ということはなにかしらの徴候である。それがなんなのかもちろんぼくにはわからないし、わかったらぼくはぼくの過去を「物語る」ことができるだろう。
いま熊本にいる。初めて九州に来た。街には東京のように高いビルがなく、どこにいても、晴れていれば南国の済んだ青空を見ることができる。九州の人と話すのも初めてだ。熊本弁で「だけんね、だけんね」とばーっと話をされると内容を半分ほどしか理解できない。話が興に乗るととても早口だ。ぼくは方言が好きなので聞いていて楽しい。方言では南関東の人間が話すようなしゃべり方では表現できない何かが表現できるような気がする。東京を中心としてしゃべられている言葉も方言のひとつではないのかと言われるが、ぼくはそうは思わない。雑多な人間が集まる東京では均質なしゃべり言葉が要求されるからだ。おそらくその均質さはなにか大切なものをこぼしている。
熊本城を中心に街は形成されている。
車を借りて阿蘇に行った。草千里という場所。草千里という字面から想像できるように見渡す限り牧草のようなもので覆われている。阿蘇は、山といえば箱根などしか知らないぼくにとってはとても快適な場所だった。箱根は天下の険というとおり、斜面がきついが、阿蘇は大変なだらかな斜面を持つ。なだらかな坂をゆっくりと登っていき、火口の近くに草千里はあった。四面をゆるやかな稜線に囲まれた平地だ。この稜線が気持ちを落ち着かせ、時間もゆったり流れるようだ。草原には牛が放牧されている。ちょうど中心と思われるところに大きな池がある。あちこちに糞が落ちている。糞と草を踏み、牛に近づく。そこでは3頭の牛が昼寝をしていた。近づくと牛は鼻から息を吹いた。それほど近くでつながれていない牛を見たのは初めてだったので、少し怖かった。1頭の牛の背後に回り、観察をしていた。すると、寝ていたはずのほかの牛がぼくの背後にいる。とがった角をふらふらと揺らしこちらに一歩一歩近づいてくる。その威圧感といったらどんなものだったか。ぼくはまったく「怖く」なり、固まってしまった。身動きひとつできず、声も上げられなかった。
いつも更新が少ないけど、今月は特に更新が少なかった。パソコンに向かう気分になれないときがある。今月はまさにそういう感じだった。
10月2日と10日、東京宝塚劇場で宝塚を見た。以前はよく行っていたが、最近はすっかりとご無沙汰していた。宝塚ファンの友人に尋ねてみるとぼくが行っていたのは95年から97年頃らしい。友人がなんでそんなことを知っているのかも少し不思議だが、あれから7年も経つのかと思うと、いろいろと感慨もある。当時、ぼくは宝塚が嫌いだった。それはなによりもぼくが音楽、特に歌唱を伴う音楽を偏愛していたからだろうとも思う。たとえば、オペラ。アリアや重唱でえもいわれぬ快感を覚える。ところが宝塚ではそういった快感は得られない。これは当然といえば当然なのだが、当時のぼくは不満たらたらだった。それに男装というのもなんだかしらけた。
あれからずいぶんして宝塚に行くことになった先日、少々とまどった。またつまらなかったらやだな。ところが、10月2日、宝塚はおもしろかった。歌とかそういうものにあまり気をとられず、無心に見ていた。華やかでいい。あの華やかさも前は嘘くさくて嫌いだったのだが。あの電飾。あの身振り。
☆スパムコメント対策でCGIをいじったところ、コメントを投稿できなくなってしまいました。そのうち直します。
久しぶりに菅原プントに乗り、忘却王と白楽のeimekuという雑貨屋さんに行った。フラッシュを壊してしまい、修理をお願いしていた。フラッシュが直ったということで取りに行ったのだった。白楽という街は横浜でもちょっと変わっている。雑多な感じが東京っぽい。eimekuのお姉さん、お姉さんというとなんだか変な感じだけど、名前を知らないのでお姉さんと呼ぼう、お姉さんはいつものように親切に対応してくれた。雑貨屋さんという名の通り、いろいろなものが置いてある。カメラ(LOMO LC-A、中判フィルムを使う狂ったカメラHOLGA、ぼくも愛するオリンパスのPEN)、洋服、帽子、ペンダント、財布、靴、メモ帳、ボールペン等々。フラッシュを預けに行くときも忘却王と行った。気になるものを見付けた。アリの巣。長方形の透明なプラスチックケースに青いゼリーのようなものが入っている。そこにアリを捕まえてきて入れる。アリはゼリーを食べ、ゼリーに穴を掘り、巣を作る。見本品の中にはほんとうにアリがいて巣を作っている。これはなかなか幻想をかき立てるおもしろいものだった。今日二人して店内を見渡すとゼリーのアリの巣はなかった。売り切れたらしい。もう入荷もないそうだ。
忘却王がおもしろいカバンを見付けた。鉄で出来ている。鉄で出来たカバン。しかも開かない。なんだろうと見ているとお姉さんが、それはもともとマシンガンの弾を入れるケースであったものをカバンに転用していると教えてくれ、かばっと開けてくれた。マシンガンの弾をすらすら送るための回転軸のようなものがカバンの蓋留めとしても機能している。こんなカバン持っている女の子がいたら、忘却王が言った、こんなカバンを持っている女の子がいたらすぐに着いていく。どこに着いていくのか。マシンガンの弾のようにすいすいと送られていくのだろう。
ロラン・バルトの『明るい部屋』を読んだあとすっかり写真を撮る気がなくなった。なぜならぼくの撮影した写真はどれもこれも美しくなく子供だましだからだ。しかし少しはましなものもあるかもしれないと思い、段ボール箱一箱に収まりきらない写真の数々を眺めた。100枚のうち1枚くらいは琴線に触れるものがありそうだ。100枚のうちせめて1枚あればいい。気分も変わった。バルトも言ってるではないか。アマチュアこそ写真家だと。
ぱかぱかと写真を撮っていると現像代がばかにならない。一日に3本くらい撮ることもあるので月にどれくらいになるだろう。最近の出費の多くは現像代が占める。99円ショップで99円で現像だけできると聞いた。プリントは無し。プリントがあると場所も取るしスキャナーがあるのでいらない。噂を確かめようと吉祥寺の99円ショップに行ったが現像を受け付けている様子はない。やっぱり噂は噂なのかなと思っていたところ、近所の99円ショップに行くと99円で現像を受け付けていた。これであまりお金の心配をしないで写真が撮れる。
あまりに疲れて帰ってきたので、めずらしく母が平気と聞いた。よほど疲れて見えたにちがいない。遊んで疲れているのと母は笑った。ほんとうに遊んで疲れていた。
まるでレンジファインダーカメラのように焦点が合わない。前の車が二重に見える。車幅感覚もよく分からないので車線をふらふらと越える。これでは無事に家に着かないだろうとプントを路上に止めて1時間ほど寝た。窓を開けっ放しにしているととても気持ちのいい風が入ってくる。だいぶ気持ちもすぐれたと思い第三京浜に向かった。しかし依然としてレンジファインダーカメラのピントは合わない。ようようのていで家に着くと部屋に入りすぐに横になった。
薬を飲まないで寝るとたいていいやな夢を見て目覚める。薬を飲んで寝るとあまりいやな夢を見ないのはその大量の薬の中に安定剤が入っているからなのだろうか。例によって今日もいやな夢に起こされた。
ずっとぼくの心を占めるある女性が落ちぶれている。とても厭世的になり、たとえば一人酒を飲んで男にだらしなくなっている。服装も乱れている。どういういきさつからかぼくはふたたびかのじょに出会う。わが家、それもいま住んでいるこの家ではなく、どこか、よく夢の中に出てくる、国道1号沿いの荒れた家にやってくる。その家は木造で部屋が多くまるで迷路のようだ。その家の一部屋にかのじょは陣取る。決してぼくを責めない。ぼくはその厭世的なかのじょの生活態度を心配する。いろいろと話を聞くが、どれもこれも昔のかのじょとは違う。かのじょはあまりに変わってしまってぼくはとても心配する。一方いま付き合っている女性もまた家にいる。二人がかち合わないようぼくは苦心する。どうしていいのか分からない。とにかく心配で悲しいことはかのじょがこれほどまでに落ちぶれてしまったことだ。
そうして目覚める。夢の中の心配は現実のものにちがいないと思う。目覚めてしばらくはあまりに心配でかのじょに電話しようかとも思う。しかし、18才の時からのフロイティアンであるぼくは夢を分析し、ぼくの欲望をかいま見る。ぼくの欲望が汚らわしく思え、またいやな気分におちいる。
悲しくない?
悲しいよ。
生きていることがだよ。
なに?
生きていることが悲しくないかって聞いたんだよ。
わからない。わたし、頭よくないから。
いや、そういうことじゃなくて、生きていて悲しくないか聞いたんだよ。
わからない。わからないよ。わたし**ちゃんと違うから。
ぼくがどこかに行ったらどうする?
なんで?なんで、そういうこと聞くの?
どこかに行ったら、どうするの?
わからない。
なんでモーツァルトみたいになろうとするの?そこまで考えなくていいんだよ。そんなこと考えてる人、はじめて会ったよ。それだけで、すごいと思うよ。**ちゃんは**ちゃんだから。がんばりすぎるんだよ。なんでそこまで張り詰めるの?
悲しくない?生きていて、生きることが、悲しくない?
わたしにはわからない。なんのことか。
しゃびーん、ぐしゃぐしゃ、すとべーね。ぐらっつぃえ、べらべら、ぐとぐと、てんぷら、びゃぶーん、ふらふら、くらしのかれんだー、だー、だー、だー、であですでむでん、えへん、ぐひゃ、げっげっ、きみのなまえは、ぼくのなまえは、はっくしょん、げほ、げほ、やめて、おうじのじゃなきゃいやだ、びしゃーん、ぐらっつぃえ、こめてぃきあーみ、ぼくはまだ、くるでーり、くるでーり、ぼくはまだ、これはたいらのむねもりにてそうろう、しゃびーん、しゃびーん、やだ、やだ、やめて。げほ、げご、ほご、きんほんい、ぎんほんい、いろはにほえどちりぬるを、あかねさすむらさきのゆきしめのゆき、きみのなまえは、ぼくのなまえは、しゃびーん
最近ぼくはそわそわしている。やるべきことがうまくこなせないので、そわそわしている。
今日は母と銀行に行ってきた。本当は友達と勉強に行くはずだったんだけど、行けなかった。
いい天気だった。横浜駅まで、車を運転して、気持ちよかった。ぼくは晴れが好きだ。雨は大嫌い。気分がすぐれない。
銀行は大変混んでいて、ずいぶん待たされそうなので、経済ジャーナリストの友人に電話をした。
「どこの銀行と取引したらいいかな?」
「どこでも同じだろ。一長一短で。」
「みずほ、危ないって言ってるけど、平気かな?」
「りそなのほうが危ない。まず先にりそながいくだろうな。みずほは大きすぎるから、つぶれるって言っても、つぶれないだろ。」
「そうだよね。」
「関係ないんだけどさ、埴谷の『死霊』、文庫で出たの知ってる?」
「いや知らない。」
「全三巻らしいんだけど、昨日あたり二巻が出て読んだんだけど、あんまりだな。なんか、自我がどうのって、丹念に書き込んでるあたりは、すごいんだけど、あいつ、あんまり小説書いてないから下手。下手なんだよ。」
「そうなんだ、評判ほどじゃないんだ。パワーとかはありそうじゃない?」
「いや、パワーもない。とにかく、下手。ほんと、自我とかちまちま書いてるだけ。すげえ暗い青春時代送ったんだなって感じで、共感できたけど。」
「ああ、おれみたいだなって感じ?」
「おれって?」
「おれじゃなくて、***じしんみたいな感じ?」
「そう、そう。」
「ああ」(だろうな)
「それよりさ、女の子いないの?ギャル」
「いないよ。」
「おれ、付き合うのとか無理だから、一回だけやらせてくれる子いないのかな?」
「いないでしょ。いたらいいけどね。」
「どっかにいい女いねぇかな?」
今日も時間は無駄に流れていき、ぼくはいいようもないやるせなさに襲われている。こう言ったことがいったい何年続いたのか、考えると怖くなる。久しぶりに何か書こうと思って、パソコンの前に座った。さっきまでいろいろ言葉はあったんだけど、パソコンが立ち上がり、いざ書こうと思うと、頭が空っぽになる。
いつだかハワイに行ってきた。またハワイ。もういい加減いいんだけど、お金も時間もないし、ここにい続けてはだめになるから行ってきた。飛行機の中で隣のおばさんが話しかけてきた。おばさんは一人でハワイに行くとのこと。告別式に行くのだそうだ。誰の告別式なのかはわからない。おばさんは一人旅が不安らしくしつこく話しかけてきた。ハワイにはもう数え切れないほど行っている、だがいつも主人と一緒だった、主人がなんでもやってくれたのでよくわからない、ぼくはそうですか、大変ですね、と返事を濁し、いつものぼくはお節介なのになぜだかそのおばさんとは関わり合いになりたくなく、本を読んだ。内田樹教授の『映画の構造分析』。『エイリアン』の分析ではかなりしらけたが(だってあれは『精神分析入門』をはじめて読んで取り憑かれ興奮した学生が書いたようだ)、読み続けるうちにそのしらけもかなり巧妙に仕組まれているもののような気がして、一気呵成に読んだ。一気呵成というはかなり大げさだけど。何回か読書を中断し、いろいろと考えた。とりとめもなく。ポケットに入れておいたメモ帳にこちょこちょと書き込んだ。旅の空にぼくは浮かれていたのか、沈んでいたのかいまそのメモ帳を見つけることが出来ないのでわからない。もうすぐハワイに着くというアナウンスがあった。窓の外を見ると飛行機はお日様を追いかけるかのように曙の空へ向かっているのだった。夜と朝の境界がはっきりと空に見えた。日本時間の午前2時頃、早朝のハワイに着く。だがぼくはまだアメリカ合衆国への査証免除のカードを書いていない。隣のおばさんもそうだ。おばさんはざわざわしだした。いいのかしら、もうすぐつくけど、さあ、スチュワードが持ってくるでしょう、みんなに配っているようでしたし、そうかしら、もう着くみたいよ、おばさんはどこかに行った。スチュワードにカード、カードと言ってきたらしい。スチュワードはあわてて持ってきた。忘れていたらしい。ぼくは自分の分を書くとおばさんのを手伝った。飛行機はもう着陸態勢を取り、斜めになっていた。
ホノルル空港に着くとやはり嘘のような青空だった。長時間狭い飛行機の中に閉じこめられていた乗客は堰を切ったように四散した。やっと旅らしくなってきた。ぼくは思った。やっと旅らしくなってきた。この青空を見るためにここに来たのだった。
空港からワイキキまでのバスの中、外を見ると大きな虹が出ていた。虹は何色に見えるか?有名な問題だ。虹はぼくを歓迎しているようだった。誰もがそんなことを考えただろう。誰もが考えるようなことをぼくも考えたのだった。
その日なにをしたのかあまり憶えていない。ホテルのチェックインまでの時間レストランにいた。『映画の構造分析』をもうすぐ読み終わるところだったので、読んだ。大きなパンケーキとアイスティーを飲みながら。アイスティーを5杯くらい飲んだ。ぼくはよく飲む。酒はあまり飲まないが、とてもよく飲む。たいていの人は驚く。そしてまたメモ帳に何か書き込んだ。ホテルに荷物を置くとABCで1ドル19セントのござと99セントの水を買い近場の海に行った。ワイキキビーチはとんでもなく人がいて海もきたないので行きたくなかったけど、もう疲れていて遠出は出来なかった。なにしろその時間ぼくは24時間以上一睡もしていなかったのだ。次善の策としてワイキキビーチに連なる陸軍博物館の裏にあるビーチに行った。『映画の構造分析』はもう読み終えていて、『フラナリーオコナー全短編集』を持って行った。日差しが強く、目が痛かった。サングラスを日本から持ってこなかったことを後悔した。明日rossで買おう。少し寝ようと思ったけど、ちっとも眠れなかった。それからなにをしたのか、憶えていない。
明日何年かぶりに美容院に行く。3年あまりある美容師に個人的に髪を切ってもらっていた。もうその人とは会わない。それで、ぼさぼさに伸びてきた髪を切りに何年かぶりに美容院に行く。
ぼくは泣いた。泣きながらPEN-EEDを手にした。このカメラは調子がいい。そんなことはどうでもよかった。カメラを手にしながら、そんなことを考えたわけではない。
Yahoo!オークションを見た。ずらっと法律書が並んでいる。なにも欲しくないのに伊藤正己『言論・出版の自由』をウォッチリストに入れた。
嗚咽して過呼吸になった。そうなりながらも人間はなにかを考えるのか。泣いている自分はまるで他人のようでもあった。
こんばんは。みなさん、お元気?ぼくは今日ちょっと酔っ払っています。久しぶりに飲んだからかいい気分です。旧友の家でいまホームページを更新しています。勝手にパソコンを使わせてくれたきびさんありがとう。明日は伊豆の白浜海岸に行く予定です。6時に起きる予定ですが、まだ起きてしゃべっています(いまは2:18)。なんか中学生のときに戻ったような気分で楽しい。
でも悲しいことだってあるよ。だって人間だもん。
ぼくたち人間はこうやって苦楽とともに生きている。がんばれば報われる。そんなことはうそだ。われわれには突如悲しい、胸が張り裂けるような出来事が訪れる。そういったことは不可避だ。そうしたときにどう対処できるかそれがわれわれの器というものだろうと思った。
今日、山に行った。山というほどの山ではないが、そこを林間学校の小学生のように歩き、登り、下った。そんなに山らしい山だとは思わなかったので、ビルケンシュトックのサンダルで行った。ここ1ヶ月ほど毎日サンダルで過ごしている。爽やかで気持ちいいし、足にもいいだろう。
行く前に母が作った餃子をたらふく食べた。そして山のある県立の公園へと菅原プントで向かった。
山を歩いていると胃腸が活発になったのか、おならがぷっぷと出る。一足を前に出すと、ぷっ、もう一足を前に出すと、ぷっ。まるでおならで動く機械のようにおならで前進した。ぷっとぷっの合間に写真を撮る。
足とサンダルの間に土が小石が入る。それはまだいい。訳の分からない小さな三葉虫のようなものがうごめいている。そんなものが素足に触れたらたいへんだ。かよわいぼくは気を失ってしまうにちがいない。三葉虫を入念によけ、頂上の見晴台までようようのていで着いた。
はるかかなたには新宿の巨大ビル群が蜃気楼のように浮かんでいる。その右手には新横浜が、左手にはみなとみらいのランドマークタワーがはっきりと見えた。山は気持ちがいい。
滝に身を打つという行為は意義深い行為にちがいない。というのも、ぼくのばあい、シャワーに入るのは洗髪し体を洗うためだけにするのではない。ぼくはいいえぬ罪深さを感じる。あらゆる欲求が、思いが罪深く思われる。そういった考えはニーチェが非難したデカダンスだろうと思慮する。しかし、こころはぼくを糾弾する。それは「審級」とかそういったものでもない。たぶん。
そうしてぼくはシャワーを浴びる。罪深いあらゆる思いを洗い流そうと。顔にお湯をあて、その刺激がぼくの思いをうち消すだろうと。あぶらとともに思いも落とそうと。
たんねんに歯をみがく。やにくさい。やにが流れ落ちるのを見るとほっとする。
滝に身を打ったらどんなにすっきりするかと想像する。
やっとoperaをバージョンアップした。日本語版7.52。Opera.htmlでダウンロードした。最新版は7.53だけど、日本語版はまだ出ていない。7.23から移行してみて、起動があきらかに早くなった。operaはとても早い描写能力、認証管理などでたいへん使いやすいが、起動が信じられないほど遅くて、そのためにパソコンの電源を落とすのが億劫でよくスタンバイにしていた。そうすればoperaを起動しなくてもいいから。チャットという機能がついたようだけどなにに使うんだろう。チャットっていうのは分かるけど。だれとするの?タブを改行できるようになったのも便利だ。たくさんのページを開いているとどれがどれだか分からなくなるけど自動的に改行してくれるのでタイトルが隠れない。その代わり肝心のページそのものを表示する領域が狭くなるけど。
マイクロソフトはネットスケープを根こそぎ追い払ってしまった。その戦略というか、有様はほんとうにひどいものだった。インターネットが普及しはじめた頃、ブラウザーといえばネットスケープだった。雑誌ではネットスケープとインターネットエクスプローラーとのシェア争いやどちらが使いやすいかなどの特集がいつも組まれていたが、たいていネットスケープの勝ちだった。ぼくたちはとても使いやすいこのようなソフトを無償で提供してくれる人々に敬意を感じた。いつからかネットスケープは姿を消した。もちろん雑誌からそんな特集も消えた。
最近、若干のインターネットエクスプローラー離れが進んでいるらしい。危ないIEはもう不要? 代替ブラウザーのお勧めリスト参照。
どういう訳だかぼくは独占企業のようなものが好きではない。子供の頃もファミコンは嫌いだった。訳の分からないセガのゲーム機を持っていた。いまでももっとパソコンの知識があるならlinuxを使いたい。
ここ2年ほど常用している薬は同じなので副作用というものがどういうものなのか自覚できるものはない。寝る前に飲む薬をいま数えてみたところ全部で9錠。すごい量だ。その中にはアモキサンもある。飲まないとどうなるのか怖くて試したことはない。
最初の医者の時、効き目がないといって薬をころころと変えられた。変更後の薬を飲んでしばらくするとものすごい眠気に襲われることがあった。知りあいと下北沢に行ったとき、突然眠気が来た。駅前の花壇に座り寝た。たまたま知りあいが友達に会ったらしく話していたらしいけど、ぼくは座りながら深い眠りに陥っていたのでまったくそのことをしらない。知りあいは花壇に座って眠りこけているぼくを友達になんと説明したのだろうか。
知りあいの知りあいのソプラノリサイタルに行った。楽しみだったので、一番前に座った。そして、リサイタルが始まるやいなや寝た。知りあいは怒っていたが、ぼくだって自分がいやだった。ごめんなさい、ソプラノの人。その眠気というのはまったくあらがえない眠気だ。何年もそういった薬を飲んでいると、そういった眠気に襲われることはなくなるが、やはり思考は鈍くなるような気がするので、朝飲む薬はなくしてもらった。それがよい結果をもたらしているのか、悪い結果をもたらしているのか分からないけど。
夕飯は焼き肉だった。土建屋の社長が二人来ていた。二人で入札のことを話している。H建設の社長は入札額を事務員にスパイされたらしい。事務員が社長の入札額を他社に売った。その他、談合めかしたことも話していた。ぼくは肉を焼き、犬と遊び、白痴のように黙ってそれらの話を聞いていた。
・歯が痛くて考えることもおぼつかなかった。まったくなににも集中できない。歯科医院に行き、神経を取った。誰もいない待合室に座り、会計を待っている間、根の治療の後の注意書きを読んだ。読んでもらいたいのか、読んでもらいたくないのか、申し訳なさそうに壁に貼ってある。
「根の治療をした方へ
神経を取った後、一週間ほど痛むことがあります。耐えられないときはお渡しする痛み止めを飲んでください。
必ず治りますので、安心してください。」
患者を不安に陥れる書き方だ。痛み止めも渡されず、何の説明も受けないまま帰った。やはり、治療した歯は痛んだ。とんでもなく痛いので、逆に悪化したのではないかと思うほどだ。あの歯医者はいつ行っても患者がいない。
・肉体的な痛みは思考をも支配する。
・現代イタリアの奇才ジョルジョ・アガンベンの代表作『ホモサケル』(未読)はごみのような部屋の中に埋もれている。論理学のごく基礎的な入門書を手に取り、ぼくは風呂へと向かった。湯船にひたりながら読んだ。ふむふむとうなずきながら。たいしたことは書いていないけど、読まないよりはましだろう。『現代論理学』の前書きに論理学というものはそれ自体は何も語らないと、確かそんなようなことが書いてあった。なんて美しい学問なんだろう。
・生きることに物理的な抵抗感を感じるようになってきた。物理的というのは貧困とか病気とかそういう意味ではない。精神的な苦しさが形をとって、あたかも鮭が川の上流に向かって進むように、時間の流れや、人々の視線などが、精神に影響を及ぼすのでなく、形をとって、肉体の抵抗となる。
・自分の外延がよくわからない。どこで自分の意識が切れ、どこで他人の意識が始まるのか。
・金魚の糞
・たまにあることなのだが、パソコンの電源を付けたくなくなる。余計な時間を過ごしてしまうからなのか、なんだか、理由はわからないけど。それにぼくの生活はパソコンがないと成り立たないというわけではない。どこかのだれかのようにパソコンが自分の脳の一部だと思っているわけでもない。それで、パソコンを全く立ち上げなかったので、ホームページの更新はしなかった。今日久しぶりに自分のページを見てみると真っ白だ。これもこれでおもしろいかと思ったが(投稿記事のないブログ)、考えてみればたいしておもしろくもないし、少数の何人かの人々に悪いなと思い、更新することにした。
ありふれた言葉じゃ語りきれない僕の中からきみが
消えてしまう瞬間っていつか本当にやってくるのな?
Long night...朝が来たって何も待ってやしないのに・・・
どうして眠れない・・きみ以外を頭に浮かべられい?
どうして愛し合ったまま別れなきゃいけなかったんだろう?
誰のせいにすればいい?誰のせいにしても・・
2人して肩寄せ合える時間なんてもう過ごせやしないけど
太陽に希望を託していたあの頃・・もう信じられない・・
こんな「詩」を見つけた。ぼくにはこれのどこが詩なのか分からないが。ランダムでいろんなところに飛んでいると、恋愛を扱ったサイトがとても多い。こんなことを言っていいのかどうか分からないけど、そういうサイトを見ていて、ぼくはちょっと怖い気がした。それはこういうことだ。あの人のことが好きで、自分はいま悩んでいる。あの人はどうしたらこっちを振り向いてくれるんだろう、どうしたらあの人の心を自分につなぎ止めておけるのだろう?ほとんどの人が、いま言った同じようなことを、ありふれた言葉でちぐはぐに述べているだけだ。ほとんど、違いがない。あるいは、ぼくにはその違いが分からない。ある人が言った。「自分が誰かを好きになったとか、もてたとか、そういうことは人に言いたくない。そういう問題は、自分にとってはとても大きな問題だけど、人にはとてもつまらないことだから。」
なぜ、人はそういうつまらないことをしがちなのか(ぼくも含めて)。ぼくたちの社会にとって、恋愛とはどのように機能しているのか?
箱根湯本に行ったときのことだった。雑誌に載っていた洋食屋に行った。あいにく閉まっていた。なんでも改装中らしい。行けないとなるとだんぜん行きたくなるもので、支店が国府津かどこかにあるらしいからそこまで引き戻そうかとも思った。でももうお昼をかなり回っていたから引き戻すと夕方近くになってしまうだろう。それで、どこかほかの店を探すことにした。不案内な土地だから歩いてみるしかない。あてもなく歩いていった。ふと立ち止まった。聞き覚えのある音楽だ。忍び車の通ひ路も曇る夕べを思へばほんに粋な月夜でありながら。ここは温泉地だから見番があるんだ。見番で唄のお稽古をしているらしい。若い女性の張りがあって素直でいい声だ。
石畳の猥雑な小道に美しい唄が流れている。こういった経験はぼくたちのような世代には新鮮に映る。一昔前だったら、時代錯誤のとんちき野郎だったろうけど。
日記で誤記を見付けた。こうやってホームページに公開する日記を書くとき、いまの心境や、境遇など、ぼく自身が特定されるような事柄をなるべくぼかして書くよう心がけているので、誤記はすこぶる多い。公開する前に、必ず一通り、目を通して、間違いがないか、はっきりと書きすぎていないか、などチェックするんだけど、見付けられないものもある。敢えて間違いをし、ぼくの中に反逆するぼくがいるように。
で、今日のように、かなり時間が経ってから誤記を見付けたとき、あるいは、直裁に書きすぎたとき、あるいは、あまりにも迂遠に書いたため書こうと思っていたことが、文面から読み取れない、または、他の意味にとれるとき、そのまま訂正しないことにしている。
日記を公開するということはどういうことなのか。最初はとても破廉恥なことだと思った。下品だと思った。それでぼくはホームページを作りながらなにも書かなかった。いまはこうやって公開しているのだからもちろんそう思っていない。公開することを前提に書くと、視点が複数になる。
フロイトも言うとおり忘れるということは何か重要なことを示唆している。ぼくはある時期のことをふっつりと覚えていない。それは繰り返し日記に書いたが。繰り返しといえばぼくはいつも繰り返しだ。この日記でいつも同じようなことを書いている。繰り返し書いているこのことがぼくにとって大切なことなのかどうかはわからない。わかる、わからないで重要性を判断するのならぼくにはわからないことばかりだから、ほとんどのことが重要であり、重要でないのだろう。
父方の伯母が亡くなった。今日、通夜だそうだ。ぼくは行かない。親戚が好きではない。みな奇妙奇天烈な宗教を奉じていて、宇宙人と話すとこんな感じかな、あるいは古代の人々と話しているのか、と大変な違和感を感じる。父の葬式でも変な儀式をやり出して辟易した。般若心経を唱える。般若心経には人生の大切な教えが書いてあるらしい。人生の大切な教えといえばそうかもしれないけど、なにが書いてあるのかたぶん知らないんだろう。岩波文庫から出ている現代語訳なんて見たこともないんだろう。あれを読んでこれは人間にとって偉大な教えである、と思うような人々なら、話してもおもしろいだろうけど。無知蒙昧な原始人が親戚にいると思うとむしずが走る。
亡くなった祖母はそんな原始人ではなく堅苦しいがいい人だった。子供の頃よくかわいがられた。だいたいぼくは利発だったので大人からはかわいがられた。最近はすっかりぼけていたらしい。好きな人のそういう姿は見ないに越したことはない。亡骸だって見なくていい。病気とか死は父のことでもう十分、人一倍経験したような気がする。伯母の亡骸が原始人たちの生け贄になっているのかと思うと腹が立つが仕方がない。彼らは伯母のことを祈るようなふりをして必死に自分たちの「幸せ」を祈願しているのだ。本当の原始人だったらいいのに彼らもまた現代の病にかかっている。「そぶり」を身につけているのだ。
原始人たちは父の葬儀の後、我が家へ押しかけてこようとした。父の降霊をやるというのだ。そんなことは60年代後半、無神論・唯物論の嵐にふらふらと揺られ、そのまま成長することなく永遠の文学青年だった父の生涯をけなすような、茶番にしてしまうようなことだ。ぼくは原始人筆頭にきつく断った。それ以来原始人たちは一切わが家に寄りつかない。だいたいぼくは葬式すらしたくなかった。葬式はするな、と死ぬ間際まで言っていたのだった。なまくら坊主が嫌いだった。父の好きな坊さんは親鸞だ。それから道元だ。わが家が古くから曹洞宗の信徒だったことを、父は少なからず誇りにしていた。曹洞宗は武家が好む宗派であり、わが家は武家であるからだ。そうして家系をよく調べていた。国会図書館などにもよく行った。いい加減な唯物論者だ。
マルクスは読んだことがない。よく言っていた。マルクスはまるで難しくてわからない。おまえなぞは頭がいいから、マルクスくらいわかるだろう。親ばかだった。
聞きかじりのフーコーの話などをよくしていた。酔って。フーコーは、、、。意味が全くわからなかったので内容は覚えていないが。フーコーは、、、ドストエフスキーは、、、トルストイはなんで死んだか知ってるか。酔うと必ず言った。トルストイはなんで死んだか知ってるか。トルストイはなぜ死んだか、世紀の秘密を抱えたまま、父は酔って死んだ。
さて、今頃は原始人たちが饗宴を催している頃だろう。
9万円で買ったフォードフェスティバとぼく。9万円なのによく走る(?)。エンジンが振動するのは気のせいかな。子供の時から刑事コロンボのポンコツ車にあこがれていたので、念願叶った。コロンボ2号と名付けた。コロンボ1号は刑事コロンボの愛車。
5/18
今日は久しぶりに飲んだ。飲むと頭が変になるので最近飲まない。頭が変になりたくて前は飲んでいたが、このごろは頭が変になるのがいやでしょうがない。頭が変になると何もできないので、飲まない。友人には飲みながら本を読むという芸当をこなす人がいるがぼくにはできそうもない。できないことはやらない。だから飲まない。
それに飲むと死にたくなる。なにもできない、したくないのではない。死にたくなる。やっかいだ。一度などはそれほど仲のいいわけでもない女性をつかまえて、死にたい死にたいと言って困らせた。酔いが覚めると恥ずかしさのあまりまた死にたくなった。
『パッション』を観てきた。前にもキリスト教について適当に書いたがぼくはキリスト教徒ではない。仏教徒でもない。なに教でもない。なにも信じていない。ただ子供の頃どういう訳かよく聖書を読んだ。小学生になるかならないかの頃ぼくは父の聖書を手に取り祖母の前で読み上げた。福音書のどれかだと思う。祖母は無学な人だった。祖母は若い頃博徒だった。博徒だった祖母はキリストの物語を読み上げるぼくをたいそうほめた。そんなにむつかしいことを言うこの子は末は博士か大臣か。その言葉は何か呪文のようだった。末は博士か大臣か、皆がおそれる祖母にそう言い渡されるのは、古代の人々にとっての神託のようなものだった。そうしてぼくは聖書を読み上げた。一方では岩波から出ている原始仏教の経典を読んだ。中村元訳のスッタニパータ。あたかも蛇が脱皮するがごとく、うんぬん。
忘却王と『パッション』について話した。ありていに言うと、ぼくはたいした感想を持たなかった。だからたいしたことを言わなかった。一番興味深かったことはローマ人がおそらくラテン語を話していることだった。ラテン語を日常会話として話す人々というのを見たことはない。カトリックのお坊さんなどは今でもラテン語を話すのだろうか。『赤と黒』では主人公が必死にラテン語を勉強する。ついにはラテン語で偉い坊さんと会話をするようになる。そういうことが今でもあるのだろうか。なにを勘違いしたのか中学生の頃ぼくもラテン語を勉強した。バラに水を与える、という文章を覚え、格変化を勉強した。
ぼくは人に感情を伝えるのが苦手だ。苦手というか、できない。できた試しがない。それはなにか疎外とかそういう思想的な問題ではない。感情を伝達しなくてはならないようなとき、たいてい、白痴のように知らんふりをしたり、笑ってごまかす。そういうわけで、ぼくはいつも笑っている。しかし、それは、実は困惑しているのだ。人と密接な関係になるとどうしてもなにか発言しなければならないことがある。そういうとき、ぼくはいつも、小説にたとえた。
第一期。ぼくは恋するスタンダールだった。よく『パルムの僧院』を持ち出した。ぼくがファブリスで、相手はサンセヴェリーナ公爵夫人だった。相手はクレリアではない。サンセヴェリーナ公爵夫人だった。才知にあふれた情熱的な女性。
第二期。ぼくは中上健次の兄だった。歌舞音曲に、酒におぼれ、女性にもて、母を恨んだ。この路線では大変な結末を迎えたので、中上健次の兄であることはやめた。
第三期。現在。苦沙弥先生。この路線は人に危害を加えることもなく、自分も楽にやっていけるので、当分の間は苦沙弥先生でいこうと思っている。
5/8
今日も早起きし、朝ご飯を食べると、勉強に取りかかった。一日一食しか食べないので、かなりの量、しっかりとしたものを食べる。それで腹はぱんぱんだ。集中できないのでしばし寝っころがって福田平の本を読む。福田平は対物防衛を認めないのか。そうだったか。すごいな。そのうち、福田平の学説を整理してみようと思った。食べ過ぎは脳によくない。友人の数学者も言っていた。食べ過ぎると頭が働かないと。腹がこなれると机に向かって昨日の続きをした。こうまで頭が冴えるのは何年ぶりだろうか。薬の飲み過ぎか、寝過ぎで何年もの間、ぼくの頭は腐っていたに違いない。しかし、頭は一つしかないので、本当にここのところ冴えているのか、去る何年間ぼけていたのか、判然としないが。
夜も更け、そろそろ寝る時間になった。だらだらと続きをやるのはよくないと最近になってやっと悟ったので、気分転換になるような本を探した。枕元にある近松の文庫を手にする。岩波の曾根崎心中。この本には譜が付いている。義太夫を詳しく知らないので、またその譜は簡単なものであるので、音楽を想像することはできなかったが。三味線の手も書いてある。何となく想像がつくのは三重という手だ。しかし、この曲は廃曲になっているし、何しろ300年以上も前のものだから、われわれにはその音楽がどんなものだったかいくら考えたって想像の域を出ない。心中という行為は日本独自のものだとどこかで読んだことがある。事の真偽は知らないが。まだ若いころぼくは心中に憧れた。憧れたというよりもぼくは心中すると決まっていた。徳さまとおはつはなにゆえ心中するのか。心中に至る原因はしっかりと書いてある。それを、原因(不義理)と結果(心中)というふうに読むと、なんとも変で陳腐なはなしだ。しかし、ぼくは心を打たれた。二人は心中すると決めていた、それを欲していた。心中することによってしか二人の「愛」は成就しないことを知っていたのだ。浄瑠璃に精緻な心理描写などない。それでかえって親近間を覚える。
あまりに早起きをしたので昼寝をした。30分くらいだったろうか。うらうらかな春の日に惰眠をむさぼっていた。うとうととしていると、だれかが体の横を通り過ぎた。ふらふらと机に向かっていく足取りが見えた。見覚えのある歩き方だ。動かない頭をどうにか机のほうに向けた。かのじょの顔を見ることはできなかった。なにかぼくに話していた。聞き覚えのある声だ。なにか言いたげだが、ぼくにはよく聞こえなかった。その人の体を見ると影が薄いなと思った。そういうことは日常、起きているときには感じないことだ。物理的に影が薄いのだ。
起きると、いやな感じがした。『雨月物語』のようだ。「菊花の約」だったかな。しばし、過ぎ去った日々を思い起こし、たばこがないので、買いに行くことにする。
考えていた。なんにも手がつかず、考える時以外は本を読んだり、あるいは寝ていた。澁澤龍彦の『エロスの解剖』をぺらぺらと読んだ。短文集なので読みやすい。考えた。邪推がひどいような気がする。こういう問題に関しては理知が全く働かなくなる。それどころか不穏な活発をしめす。反動分子。ぼくのなかのジャコバン派。かのじょは本当に仕事だったんだ。だからあんな声の調子だったんだ。なのにぼくは悪いことをした。信じないなんて良くないことだ。寝た。『ホモ・サケル』を手にした。意味がわからないので流し読みしたらさらにわからないので投げた。寝っころがっていた。激しい妄想が脳裏を占領している。久しぶりに頓服の安定剤を飲んだ。4回分も飲んだからか『オデュッセイア』と『比較不能な価値の迷路』を手にしながら寝ていた。10時ころ起きた。メロンパンを餓鬼のようにほおばりまた寝た。味は覚えていない。起きると携帯にかのじょからの着信履歴があった。かけたけど出なかった。ジャコバンは激しい闘争を続ける。
ダイスケが風呂の扉を直したので、母のヌードを見るかもしれないという恐怖はなくなった。
それはともかく、今日は憲法記念日なので、普段は考えないが、憲法について若干考えてみた。
「国益と君が代」・東京都教育委員会の「日の丸・君が代」強制に抗議する参照。
「思想には税金がかからない」ということわざがある。なにを考えようが、国家はその個人に干渉しない、すべきでないということである。
また日本国憲法は19条で「思想および、良心の自由はこれを侵してはならない」と定める。
憲法について、いかなる立場をとるにせよ、規定がある以上、憲法によって授権された機関は憲法に反するいかなる行為を行ってはならない。国家(政府)も地方自治体も憲法によって授権された機関であるから、すなわち憲法を前提にしてその正当性が認められるから、憲法の規定に違反する行為を行うことは自己矛盾、自殺行為である。
思想および良心は内心にとどまるかぎり侵してはならないのかどうか。東京都教育委員会処分事件におけるように外部に現れた面をも保障するのか。内心にとどまるかぎりの保障と考えると、19条は骨抜きになる可能性が高い。というのも思想および良心は本質的に発露、行為、表現を伴う。
教員が卒業式において国旗に敬礼しないこと、国歌を斉唱しないことはかれの思想および良心に基づく行為である。かれの思想および良心が妥当なものかどうかは問題ではない。かれはかれの思想および良心に基づき国旗に敬礼せず、国歌を斉唱しなかった。
問題は二つある。ひとつは東京都教育委員会は事前に「入学式、卒業式等ににおける国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」と「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針」を各都立校に送り思想および良心に密接に関連する行為を強制しようとしたこと。そして、事後に通達と指針に違反した教員を処分したこと。
教育委員会の事前の行為は明らかに19条違反であり、事後の処分は、19条違反かつ人の内心の思想信条そのものを理由として不利益扱いしてはならないという14条違反であると思う。
東京都教育委員会の行ったことはぼくの目には突出した出来事とは思われない。犯罪の増加に伴って処罰は厳罰化の方向に向かっているし、これまで犯罪ではなかったものが犯罪化されている。イラクの人質事件ではわれわれの渡航の自由・表現の自由という権利の危機はほとんど問題にならずに、人質になった人々の責任追及論が横行している。人々は強力な権力を求めているようだ。なにか社会問題が起きるとすぐに行政の責任、不作為を問題にする。政府にそれだけ過大なものを要求するということは同時にわれわれの政府への服従を意味している。ぼくはこういうことはたいへん危険な傾向だと思う。
早稲田を卒業した知人と話す。同じく第一文学部。先輩だ。なにかの研究をしているらしい。社会学だとか。どこかで教員をしているのか、学生が学問に全く興味を示さないことを嘆いていた。ペットを失って傷心らしい。ぼくと同じくロッシーニ好きだ。ロッシーニは食いしん坊だ。スタンダールの『ロッシーニ伝』のことを話す。スタンダールはロッシーニが食いしん坊とは書いていないので、食いしん坊になったのは引退した後なんだろう。そういえば、『ロッシーニと料理』という本にこんなことが書いてある。
「短期の滞在でヘーゲルが見たオペラはメルカダンテ『ドラリーチェ』、スポンティーニ『オリエンピエ』、モーツァルト『フィガロの結婚』、それにロッシーニの『オテッロ』『ゼルミーラ』『セビリアの理髪師』『マティルデ・シャブラン』などであるが、彼はルビーニ、ドンゼッリ、ラブラーシュら、そうそうたるイタリア人歌手の声の素晴らしさに圧倒され、彼らの〈火のような強烈なワイン〉に比べれば、ベルリンの歌手は〈粗野で薄弱なビール〉のようなものだと印象を述べている。ロッシーニの音楽についても最大級の賛辞を呈しており、二度見た『セビリアの理髪師』をモーツァルトの『フィガロの結婚』より優れているのではないかとさえ思った。」(『ロッシーニと料理』新版180頁)
これを読んだとき、ヘーゲルの美学ってけっこう卑俗だと思って安心した。
ADHDという病気(?)の人のはなしを聞く。注意散漫でだらしがなく約束を守らず部屋が汚いらしい。ぼくのこと?と思った。
その後、インターネットで下調べをした本を買いに横浜駅の専門書を扱う本屋に行った。立ち読みして、買うのをやめた。くだらない。ネットで買わなくてよかった。その代わりというわけではないが、待ちに待っていた本が出版されているのを見付け、購入した。先日、図書券をもらったので、ロブ=グリエの『反復』を買いに有隣堂に行った。平岡篤頼先生訳の新刊だ。無い。サロートの『生と死の間』も無い。無いというか、外国文学コーナーにはなぜか今更『薔薇の名前』が平積みしてあり、そのほか、オースターの本があるくらいだった。横浜随一の本屋がこんなんだとは横浜市民てほんとに馬鹿なんだなと思いつつ、文庫コーナーに向かう。岩波の『ザ・フェデラリスト』と高橋源一郎の『ジョン・レノン対火星人』を買う。
エクセルシオールカフェに行き、ひたすら勉強。ひたすらというか、気づくとかなりの時間が経っていた。いつものように耳栓をし。気分転換に『ジョン・レノン対火星人』の解説を読む。文庫の解説って難しいよなと思いつつ、内田樹はあいかわらずうまいなぁと嘆息。
これは西塔の傍らに住まいする武蔵坊弁慶にて候、さてもわが君判官殿は、
人間よりも百倍の思い重なる胸の内
凄まじき海上の嵐
嵐そこそこ静まる
悲壮の調を帯びたる舟唄遠くより聞こゆ
唄 鳥も通わぬ八丈が島へ。通ふわが身は厭はねど。あとに残りし、かかや子は。どうして月日を送るやら。
嵐まったく収まる
歓喜の調を帯びたる舟唄ちかく聞こゆ
吉原の里は闇無き喜見城。
せりふ げに世の中は不思議なものぢゃ。父は巨万の富を作り、われは巨万の富を消す。
紀文の名さえ残るなら、本望ぢゃ満足ぢゃと。父がいまはの教えごと。
唄 所詮浮世は夢ぢゃもの。恋も無情もあるものか。
いや恋ゆゑにこの苦労。傾城に誠なしとはてんがうな。そりや訳知りの言わぬこと。まことも嘘も本ひとつ。
しんぞ命とこっちから。尽くす誠はくみもせで。逢瀬はかなきたなばたの。雨に波立つ天の川。通ひ路絶えておのづから、余所へ根引きの身となりもせば、かけし誓ひも嘘となる。
せりふ 縁のあるのが誠でござんす
されば我らも不即不離。きのふも一蝶が唄ふ小唄に、はて何とやら。
構成要件要素における行為態様の記述の意義によって、被害者の同意が構成要件該当性阻却事由となる場合と、違法阻却事由となる場合があるという区別は、妥当なものであろうか。構成要件が保護しているのは、法益であって行為客体ではない。行為客体は、行為の具体的な客体であるから、人や物であるが、法益は生命や身体の完全性といった理念的な財である。法益の侵害は、具体的な行為客体の侵害を通して実現される。
沈黙するダークロ。恋する忘却王。背理だ。ところで、この日記を書くとき、性的なものをどう扱うべきか、いつも考える。性的な事柄に言及すべきなのか、あるいは沈黙するのか、あるいはお茶を濁すか。ぼくの経験を語るとき、多くの事柄の中に、とうぜん性的なものもある。そういった事柄をいかに扱うべきか、いつも迷う。
迷ったあげく、一回も、そうした事柄にはふれていない。つい最近、部屋の掃除をしていたら、ぼくが21,2の頃に書いた小説が出てきた。読むに耐えないものだったが、その中には性的な描写があった。たいした内容でもないのだが、いまのぼくには露骨で、なにか痛々しかった。性になにかしらの救済を求めるという、ぼくのスタンスは変わっていなかった。
目の前に薬がある。なんの薬だろう。よくわからない。机の上。小さい、白い薬。なんの薬だろう。わからない。飲んでみたい気もする。飲んだらなにか変わりそうな気もする。
ギャンブル好きな俳人は言った。インターネットのやりすぎで岩窟王。そのほかにもラ・ミゼラブルだとか罪と罰だとかユリシーズだとかわめいていたが、どういった文脈で、どのような手法を持って世界の文学を当人の心的状態のたとえとしているのか、皆目見当がつかなかったので、忘れてしまった。なにやらいろいろとものを書いて2年で100万円貯めたという。エッセイだとかモニター報告だとか俳句だとか幕末の志士への思いを込めたクロスワードパズルだとか。
かの俳人はその前から書くことが好きだった。若い頃、真田広之を愛してしまい、あまりに好きなので、三日三晩眠れなかった。恋しくて恋しくて、彼以外のことを考えられなかった。椀久のようなものだ。そうしてその恋慕を原稿用紙に向かって綴り始めた。ファンレターを書こうというのだ。ふつうは原稿用紙にファンレターを書かない。かわいい便せんかなにかに書くのではないかと思う。俳人は机に座り原稿用紙にファンレターを一気呵成に書き上げた。枚数にして50枚。そこで本人もなにかおかしいと思ったらしい。これを送りつけてもどうせ捨てられるだけだ。それなら文学界新人賞に応募しよう。大きな封筒に文学界新人賞担当係と宛名を書くと胸のつかえが取れた。それから真田広之のことはすっかり忘れてしまった。ついでに恋するこころも忘れた。
さて、俳人は文筆稼業で稼いだ100万を元手に株を始めた。とりあえず買ったさくら銀行の株が3倍、つまり300万になったわけだった。いまはライブドアの株を狙っている。これからはITの時代だと思っている。
パチンコが好きだ。よく行くのは池袋や駒込。たまに足立区まで遠征する。あの雑踏がたまらない。うるさくて、思考が停止しそうなのに、活発になったりする。打ちながらメモをとる。たまにいい言葉が浮かぶ。いい言葉が浮かないときもメモをとる。300回転で当たったとか。それにあの音楽に洗脳される自分の意識の変移がたまらない。あの音楽に乗ってわたしはお札をどんどんつぎ込む。一番負けたのは一日に13万。派遣OLの仕事が終わると自然と足がパチンコ屋に向かう。やっと手にした職。でももう辞めようと思っている。パソコン出来ないから。面接の時、エクセル出来ますか?と聞かれた。エクレアですか?おいしいですよね、と答えた。パチンコ屋にはひとつ言いたいことがある。「パチンコ」という名称は品がないからやめて欲しい。これからどうするのと尋ねられたとき、パチンコに行くと答えるのは何とも間抜けでいやだ。もっと品のある、美的な名前がいい。たとえば、「エカテリーナ」とか「ボローニャの森」とか。これからエカテリーナに行くの、と言えば、なんだか気分もいい。
かの俳人に俳句を教えてくれと頼んだ。とっておきなのをまずひとつ。いわく、
遠花火 少女まんがの 恋終わる
これが某新聞に載って1万円に拝謁したそうだ。他にも教えてくれと言ったが、本にしてもうけるからその前に手あかが付くと困るのでだめだと言われた。
知人がキリスト教徒になった。なぜ日本にはアメリカからやってきた牧師が多いのか少し気になった。なぜほかの国ではなくアメリカからなのか。
キルケゴールの死に至る病について話した。生きていることは絶望していることである、絶望していることは罪である。絶望から逃れるには真のキリスト者になるほかはない。
そしてドストエフスキーについて話した。
またプロテスタントであったバッハについても話した。バッハの音楽があれほどストイックなのはバッハが熱心なキリスト教徒であることと関係しているだろうと言った。
ふと教会に行ってみようかと思った。前々から教会には行ってみたかった。横関とよく話していた。キリスト教徒になるしかないのかな?
でも、ぼくは神の存在を信じるわけにはいかないので、また、信じるということができそうもないので、とてもキリスト者にはなれないだろう。
育英会から督促状がきた。ずっとほっておいたので、さすがにまずいと思い、いや、本当にこういった事柄は気が重くなる、さすがにまずいと思い、手紙を書いた。あまりに混乱した手紙だったためか、向こう様からは音沙汰がない。
キリスト教について思いを巡らす一方、ダークロと猥雑なことを話していた。チョコボール向井のことに関して。
「これでも今になるかも知れん、軽蔑するな。貴様なぞは知るまいが昔しアイソクラチスと云う人は九十四歳で大著述をした。ソフォクリスが傑作を出して天下を驚かしたのは、ほとんど百歳の高齢だった。シモニジスは八十で妙詩を作った。おれだって……」「馬鹿馬鹿しいわ、あなたのような胃病でそんなに永く生きられるものですか」
『吾輩は猫である』より
「ほかの道楽はないですが、無暗に読みもしない本ばかり買いましてね。それも善い加減に見計らって買ってくれると善いんですけれど、勝手に丸善へ行っちゃ何冊でも取って来て、月末になると知らん顔をしているんですもの、去年の暮なんか、月々のが溜って大変困りました」
夏目漱石『吾輩は猫である』より
今日は早起きした。母が作った牛丼を大盛りで2杯も食べ、おなかがはち切れそうだ。その後寝っ転がって本を読む。最近たばこの吸いすぎで歯が黄色くなってきた気がするので、ザクトでようく磨く。昨日は5回くらい歯磨きしたので歯ぐきが痛い。
輸入物のお菓子とかコーヒーを置いてある店で買ってきた紅茶を飲む。アメリカのLiptonのティーバッグ。100袋入っていて400円くらいだった。香りがないし、味が薄くてまずい。爽やかな紅茶!あなたの生活を明るくするらくらく習慣!Liptonの紅茶には血圧降下作用があります、知ってましたか?
風呂の扉が壊れた。閉まらない。おかげで今朝、母のヌードを見るところだった。
昨夜寝る前にふと気になった。「確信犯」のことで調べて知ったが、ネット上で間違いやすい言葉がいろいろと取りざたされている。その中に「恋人」という言葉はあったかな。朝ご飯を食べ、顔を洗い、着替え終わり、調べることにした。なにを着ようかとごさごさと探していると薄手のしましまのズボンを見つけた。冬は寒いから全くはいていなかった。久しぶりに身に付けるときつい。おなかが苦しいし、もももぱんぱんだ。ちきしょう、とひとりごちた。
さて問題の「恋人」であるが、手元にある『新明解国語辞典』には以下のように書いてある。
「恋人 その人の恋している相手。『永遠の恋人〈その人にとって理想像としての異性〉』」
そこで「恋」とは何かが気になるが以下。
「恋 1.特定の異性に深い愛情を抱き、その存在を身近に感じられるときは、他のすべてを犠牲にしても惜しくない一方、破局をおそれての不安を焦燥に駆られる心的状態。2.(略)」
ここでは関係ないが、「恋愛」については次のように書いてある。
「恋愛 特定の異性に特別の感情を抱き、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、出来るなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて歓喜したりする状態に身を置くこと。」
すばらしい辞典だ。ロラン・バルトも顔負け。
ところで「恋人」だが、あまり使わないけど、使うとしたら、「その人の交際している相手」という意味に使わないかな。そうすると、上述の定義より狭い意味になる。
昔の小説を読むと、ぼくの憶えているかぎり、スタンダールのほとんどの小説と『ウェルテル』の日本語訳では、「恋人」という言葉は『新明解国語辞典』の用法で使われている。それらの小説で「恋人」という言葉に出会うとなんだか違和感を感じる。「恋人」という言葉の意味は変遷しているようだ。現に大辞林によると恋人は「恋しく思う人。相思の間柄にある、相手方。」とある。
間違いやすい言葉を検索すると、ずいぶん目くじらを立てて検閲しているようだけど、上記のように言葉は変遷する。
以前ダークロにきみは分裂していると言われた。分裂!たしかに、そうだ。分裂している。精神分裂症という用語が分裂という言葉を比喩として用いているのに対し、ぼくの場合は文字通り分裂している。現在と過去に。
久しぶりに横関に電話した。家の電話は壊れているそうでたいてい出ない。もしかしたら出るかもしれないと電話してみたが、料金未払いで止まっていた。合コンのやりすぎか本の買いすぎなんだと思う。あるいは単に払うのが億劫なのか。
ひとりぐらしはお金がかかる。電話代とかガス代などを払のは億劫だし、なんだか払うのがばからしく思える。そうしてぼくもよく止められた。止められるのにはだいだい順番がある。
1.電話
2.ガス
3.電気
4.水道
ぼくは2まではよくいった。水道まで止められたことはない。水道が止められて致命的なのは炊事や入浴ではなく、トイレが使えないということだ。水洗トイレの場合、水道を止められると流すことが出来ない。昔風の落ち込むトイレだと水道が止められてもさほど問題はないと思うけど。
いまは知らないが横関も電気まではよく止められていた。暗い部屋にろうそくをともして入った記憶がある。かれの部屋は汚い。ぼくの部屋も汚いのでどんぐりの背比べだが、かれの部屋は大変汚い。ゴミと本と洋服であふれかえっている。だがかれなりに整理されているらしく、ろうそくで前を確認しながら、そこを踏むなとか、あっち行けとかいろいろと指示をされた。電気がついているときでもかれはうるさい。どうせ部屋中ゴミだらけだからとビールの空き缶などをその辺に置くと、おまえはほんとにだらしないななどと言って、どこに置くのか指示をする。ぼくにはそこに置くのとあそこに置くのとどう違いがあるのかよくわからないがかれの指示通りゴミを置く。
かれはたいへんな読書家だ。かれが知らない本はこの世の中にないのではないかというくらい本についての知識を持っているし、また読んでいる。かれだってJAVAやC言語の本だとかADSLtips集だとか川島武宜の『所有権法の理論』だとか『和声 理論と実習』だとか知らない本もあるだろう。そんなことは書くまでもないことだが。かれの守備範囲は「文学部で扱うもの」だ。文学部で扱うものなら、小説から詩集から哲学書から週刊誌からまんがからとなんでも知っているんじゃないか。いったいどこから情報を収集してくるのか不思議だった。いまならインターネットで簡単に情報が入るかもしれないけど、インターネットがそんなに普及していない頃でもかれに本のことを尋ねると、なにかしらの情報を得ることが出来た。ゴミの収集術ならぼくもひけをとらないが。
「確信犯」て言葉の誤用の代表のひとつらしい。しかし、http://www.itmedia.co.jp/news/0105/14/accs.htmlのような記事を読むと、誤用とも思えない。近いうち国語辞典にも後者のような用法が載るんじゃないかな。
確信犯の問題については感慨深い思い出がある。ぼくがいまあるのは一冊の本を読んだからだった。団藤重光博士は『刑法綱要総論』で刑法上、責任が認められるためには「期待可能性」が必要だと説いたあと次のように述べている。
「第三に確信犯人は、つねに期待可能性がないことになる、とされる。しかし、かれを行為に駆り立てるのは、付随事情や人格的能力の弱さではなくて、かれの世界観--それが社会性を持つにせよ--である。したがって、それは、実は、期待可能性の問題ではない。それは『義務の衝突』の一種のばあいであるが、法的義務と超法的な義務ともいうべきものとの相克、法的価値といわば超法的価値との相克である。かれの世界観が法によって是認されないかぎり、かれは法による非難を免れない。かれみずからも、茨の冠を覚悟の上で行動する--しなけれならない--のである。確信犯人は法秩序の内部では救済されない。」(団藤重光『刑法綱要総論』第三版330頁)
また、法と道徳との関連性について説いたあと次のように述べている。
「第五に、右のことは、法と道徳との間にラートブルッフのいわゆる『悲劇的な葛藤』の可能性のあることをも、含蓄している。かれの指摘するとおり、法の規則的性格、道徳の確信的性格から現れる確信犯人は、そうした法・道徳の悲劇的葛藤の典型のひとつである。もし、その犯人のいだいている信条が将来、法によって是認されるにいたったあかつきには、かれは先見の明を持った英雄であったことになり、かれは自己を犠牲にして法の発展に寄与したことになるが、しかし、現時点においては、かれの行為はどこまでも犯罪である。犯人は自己の道徳的義務にしたがって反抗を敢えてし、裁判官は法的義務にしたがって--場合によっては涙をのみながら--犯人を処罰しなければならない。ラートブルッフが『悲劇的』というのは、そこに法・道徳のそれぞれの本質に根ざす根源的な葛藤を見出すからである。」(団藤重光『法学の基礎』39頁)
二日ぶりにシャワーに入った。頭がかゆいし、体も汗くさかった。最近からだがじっとりとするような気がするのは思い過ごしだろうか。気候のせいか、年齢のせいか。昼間は天気がよかったのに雨が降っている。ぼくは雨が嫌いだ。子供の頃は嫌いではなかった。雨が降れば降るで楽しいこともあった。この時期雨が降るとカエルがたくさん出る。どこからともなく出てくる。晴れているときカエルはどこにいたのだろう。不思議だった。小さい、爪くらいの大きさの緑色をしたカエルがいる。ぼくはそのカエルが好きだった。よく捕まえて、連れて帰った。逃げないように拳を作りその中にカエルを入れていく。カエルはすっかり乾燥してしまい、体力を失う。家に着くとぼくはカエルのことなんて忘れてしまう。カエルはたいてい死んでいた。
シャワーを出るとぼくは自分を鏡に見た。爽やかな笑顔を浮かべている。ぼくではないようだ。ぼくはちっとも笑ってなんかいない。泣いてもいないし笑ってもいないし、泣きたいわけでもなく笑いたいわけでもない。何かをしたいわけでもないのに何かしそうな顔をしている。ぼくは自分の顔をじっと眺めた。ひげが伸びている。剃ろうと思ったがやめた。眉毛をそろえようと思ったがやめた。歯を磨いた。たばこの味が歯磨き粉に混ざって独特の味がする。電気の消えた台所に行き冷蔵庫からジャスミン茶を取り出しコップに注ぎ飲んだ。時計を見た。もう2時頃かと思ったがまだ12時をまわっただけだった。
シャワーを浴びている最中ぼくは何事かを考えていた。考えるということは言葉を発するということだ。だから考えるということは独り言である。あいかわらずぼくは来し方のことに思いを巡らせていた。ぼくのこころの志向は過去を向いている。時間の座標軸がずれている。これはつい最近気づいたことだ。
部屋に戻ると薬を飲んだ。今日は眠れそうもないので頓服薬を多めに飲んだ。この頓服薬を飲むとのどが渇く。普段から水分の摂取量が多いが、大変のどが渇き2リットルくらい、水かウーロン茶などを飲む。一度腎臓を痛めた。病院でとにかく水分を摂りなさいと言われた。ある夜、突然激痛に襲われタクシーに乗って東京女子医大に行った。あまりに痛いので気を失うんじゃないかと思った。ベッドに寝かされ鎮痛剤と点滴を打たれた。この点滴はなんですか、と看護婦に尋ねた。これは水分を補給するためのものですと看護婦は答えた。帰り際医師は、帰宅したらすぐに水を2リットル飲みなさい、ゆっくりではなくすぐに、大量に水分を摂取して排泄する必要がある、そんなようなことを言った。2リットルの水なんて飲めるはずがない、その時のぼくはそう思った。おなかがはち切れてしまう。実際2リットルの水を飲み干すことは難儀だった。それから水分を多めに摂ることが習慣になったのでいまになっては2リットルくらいの水やお茶はなんと言うこともなしに飲める。
ぼくの部屋の窓に対面して大きな桜の木がある。一時期ぼくは和歌に凝っていて、梅の木や桜の木を見ると枝を折り、自分の部屋に飾った。そうして散りゆく花にいにしえの歌人のの歌を汚い字でレポート用紙か何かに書き、捧げた。いろいろな歌を暗唱していたがたいがい忘れた。古今和歌集が好きだった。
もうすぐ誕生日だ。花の散る頃やってくる。
月やあらぬ春やむかしの春ならぬ我が身ひとつはもとの身にして
このごろ友人に会うと太ったと聞くことが多い。みんな中年太りだ。学生時代ぷくぷくと太っていたぼくは卒業後しばらくしてダイエットを始めた。食事制限と軽い運動をした。酒も飲むのをやめた。それでぼくのかわいい脂肪ちゃんはどんどん消化されていった。みんなが中年太りをしていくなかぼく一人やせていった。そのやせ方はちょっと異常なくらいで恩師は真面目にぼくが癌なのではないかと心配していたようだった。一番太っていた頃何キロくらいあったのか体重計がなかったのでわからないが、たぶん15キロ以上やせたと思う。筋肉もつき始め、そうおなかなんて割れていた。三島由紀夫のように自分の体を鏡で見てふむふむとうなづいていた。そんな状態は1年以上も続いた。
しかし、今年に入って、またむくむくと太りはじめた。久しぶりにはいたズボンがきつくてしょうがない。お肉がズボンからあふれている。なんてこった。このズボンはゆるかったんだ。それもそうだ。食いしん坊のぼくは特に苦もなくどんどんやせていく自分のからだに油断し甘いものを食べまくっていたのだった。甘いものには目がない。ぼくの甘いものの食べっぷりにはダークロも忘却王も驚いていた。
そうしてぼくはここにダイエット宣言をするものであります。質素な食事は精神にもよい。適度な運動もしかり。いまの体重は68キロ。63キロくらいがちょうどよいと思う。あまりやせるとまつげが長いぼくの大きな目は(ぼくの唯一の長所だが)ぎらついて気持ちが悪い。逐一このページで報告していくのでみなさまの監視をお願いする次第です。
だれかわからない人からメールが来た。
以下そのメール。
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Hello.
nihongo yomeru kedo kakenai kara ro-maji de gomenne.
THAI ha sugoi iitokoro de mainichi tanosindemasu.
obon wa tyotto kaerenaikana.
nanka tiratto wadai nidemo dasitoite ku
・見た目にかかわらず乾燥肌なので、化粧水を使っている。ヘチマコロンを愛用している。特に冬は化粧水を使わないと粉を吹くので欠かせない。頭皮も弱く、価格の高い低刺激性のシャンプーを使用し、洗髪後には頭皮にも化粧水を塗る。
・漢字が書けない。もともと苦手だったが、パソコンを使うようになって小学生レベルのものも書けないことがある。読むのにはそれほど苦労しないが。
・最近急激に太った。ここ2,3年の体重の遷移をみると、精神の好不調と比例している。つまり、調子のよいときは痩せるか、維持、不調の時は太る。
・灯油のファンヒーターを使っている。消火時のにおいが気になってしょうがない。
・長いドライブをした。一人で運転していた。音楽を聴く。ドメニコ・チマローザの『秘密の結婚』序曲をリピートで偏執的に聴いていた。主人公は奉公先のお嬢さんと恋に落ち、秘密裏に結婚する。アンシャンレジームの時代。恋人たちは主人に結婚を打ち明けることができない。それは許されない恋だから。お嬢さんは父に伯爵と結婚するよう命令される。父は地位と財産が欲しい。こうやってプロットを書くとお粗末な話だがそれは音楽の力で、情感豊かですばらしいオペラだ。序曲もこれから始まる滑稽でいて甘美な本編を予告する可愛らしくて何となく悲しい曲だ。序曲を聴きながらぼくは道をくねくねしていた。カーナビの案内に従って道を進んでいたのだ。カーナビはあまり頭がよくない。道をくねくねする。ここをまっすぐに行けばすぐに早く着くのにとわかるところもくねくね曲がっていく。カーナビを買ったばかりだからあえて指示通りに行ってみた。どんな道を通るのか、知らないところばかりだ。しばらくすると見覚えのある駅に出た。ここはかつて一度だけ来たことがある。かつての恋人と。胸が苦しくなった。『秘密の結婚』序曲は切なく響いていた。
古道具屋で二束三文で買ってきた三味線の皮を張り替えた。5時間くらい練習した。右腕の筋肉が落ちたので、関節が痛い。お稽古三味線としてはかなりいいものだ。新品で買ったら20万くらいすると思う。弾きながら美しいフォーム、見栄えだけではなく、いい音がするためのフォームを考える。そのほかに曲調、家元から教わった昔ながらの型を思い出し、舞台に立っている自分を空想しながら稽古する。脳内麻薬がかなり分泌される。身が引き締まる。長唄は芸術と言うより、道だと思う。道という古い考え方には批判が多いけれども、ぼくはそう思わない。
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