Posted by figaro;cellphone at
23:53 /
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携帯電話からの投稿
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ベートーベンの交響曲第9番を聴いている。今は第三楽章が一番好きだ。追想に耽ることが出来る、スタンダールは音楽の美点をそう語った。第三楽章を聴いていると、まだあらゆる可能性が残されていた頃を思い出す。当時はそれほど美しくなかったにきまっているけど、いま思い出すとそれはこの音楽のように純粋で無垢で無邪気だったように思う。
年をとるにつれ、無邪気さは失われていく。些細なことでも、何でも、それに備わる楽しさを見つけることが出来た。ぼくが好きだったのはしりとりだ。ここ何年もしていない。しりとりって発想が豊かでないと出来ない。なかなか馬鹿に出来ないゲームだ。
いまは自ら発想することも、老人のように億劫になってしまい、ただひたすら過去の作曲家たちの音楽に陶酔している。
何も産み出すことが出来ない。これほどの苦痛があるだろうか。心の中に何も材料がない。幼少の頃より芸術に親しんできたぼくにはとてつもなく恐ろしいことだ。
こうやってブログを書くことすらままならず、更新を怠っている。