・今日の雨はひどかった。車を運転しているとまるで雨が煙のように立ちこめて、前が見えない。こういう日はどの車もゆっくりと走る。雨が粘着質の物体であるかのように車を減速させるのだ。
・ここ何年か変な本ばかり読んでいるので言葉づかいが変になる。「けだし」とか「そういうことはとりあえず捨象して」とか口走りそうになる。そういうしゃべり方は嫌だ。それで「自然に」しゃべろうとする。しかし、「自然に」と考えた時点で、すでに自然なしゃべり方はぼくにはなく、ぼくの日常会話はただでさえ空虚なのが、さらに上滑りし、収拾がつかない。なるべく「普通に」しゃべろうとし、その「普通」って言うのが、どういう事なのかわからず、会話は進行し、結局なにもしゃべらずに、しゃべっているにもかかわらず、なにもしゃべらないでいる。
・先日、ダークロ夫妻と忘却王とハットリ君とキビさんとぴょろえもんと飲む。ぴょろえもんは仕事で後から来た。遅くなったが、ダークロ夫妻の結婚祝い、それから、忘却王留学祝い、ハットリ君就職祝いということだった。相変わらず盛り上がりに欠ける飲みだった。ぴょろえもんはぼくの過去の話を聞き、しょげていた。ぼくはそういう場であえて過去の話をする。というのも、ぼくはそんなことはぴょろえもんにとってはどうでもいいことなのだと、話すことで伝えるのだ。いったい、「沈黙」ほど恋するものに不快な過去はあるだろうか。
ダークロの妻の事も気がかりだった。そうして、ぼくの気がかりはいつも空回りをする。ダークロの妻を笑わせようと、ぼくはくだらないことを二三言ったが、妻は無反応だった。
・NATURAの事で、コメントをしてくださった方々、ありがとうございます。コメント数を見ればわかるように、見事落選しました。しかし、NATURA1600一本くれるそうです。富士フイルムの方もありがとう。
・写真は先頃購入したデジカメSONYのW5。やっぱりスキャンしなくていいのって便利だなー。

・ホドガヤの理髪師のメーリングリストを開設しました。みなさん登録して愚痴や小咄、世間話、自慢、自虐、カメラのはなし、車のはなし、本のはなし、映画のはなし、音楽のはなしなど、何でも構わないので投稿してください。何人かはぼくが勝手に登録しておきました。よろしくどうぞ。
・以前、プントのカタログをヤフオクで入手したことを書いたpunto・エンジンオイル交換の巻。そのカタログに谷川俊太郎の詩が載っているんだけど、なぜ谷川俊太郎なのか気になって検索してみたら、谷川俊太郎もプントに乗っているらしい。ふーん。
最近のわがプントセレクタは相変わらず調子がいい。ただ、水温計が気になる。ぶるぶるプントというサイトの掲示板で見たところ、水温計は下から4分の1を指すのが正常らしい。菅原プントもだいたいそれくらいなんだけど、ちょっとした信号待ちや、渋滞で針が半分まであがる。冷却水がだめなのかな?
走行距離は6万キロを超えた。そろそろ電気系統をいじった方がいいのかなーと思いつつ、ホリエモンのように金は湧いてこない。
natura(ナチュラ)というフィルムカメラが富士フイルムから発売されている。コンパクトカメラ。今時、フィルムのコンパクトカメラを新発売するなんて、なかなか勇気のある事業展開だと思うが、このカメラはデジカメでは撮影が難しい夜景や室内撮影に力を入れている。というのも、コンパクトデジカメの場合、あるいは、単なるコンパクトカメラの場合、F値が暗い。ぼくの持っているデジカメは1:2.8と1:2.8-4.5、APSのコンパクトカメラに至ってはどこを見ても書いてない。おそらく相当暗いんだと思う。F値が暗いということは室内撮影においてシャッタースピードを遅くしなくてはならない。すると、たいていぶれぶれの写真になる。それでフラッシュ撮影することになるのだが、フラッシュ撮影は概して味気ない。naturaは1:1.9と明るいレンズを持っている。それに加えて、24mmと広角だ。24mmでこれだけ明るいレンズを一眼レフかレンジファインダーのレンズで買おうと思ったらnatura本体以上の値段がする。それに一眼レフやレンジファインダーはお気軽な使用感がない。
naturaは明るい広角レンズに加えて、同時発売されたnatura1600というフィルムを使うことによってフラッシュを使わないで、夜景や室内撮影を可能にした。ディズニーランドなんかでお城を背景に夜間撮影したとき、お城がまったく写っていなくてしょぼくれた経験は誰にでもあると思う。あれはスローシンクロっていう方法できれいに写すことができるけど、そもそも三脚を持参してディズニーランドに行くなんて、ただでさえ歩き回って疲れるのに、そこまでして撮影したいとも思わない。でも、naturaなら簡単にできるらしい(持ってないからあくまで「らしい」だけど)。
つまり、なにを言わんとしているのかというと、ぼくはnaturaが欲しいのだ。それで、飲みや食事に行ったときや、わが家の犬、猫どもをばしばし撮影したい。そこで、モニターに応募した。で、皆さんにお願いがある。モニターに応募したのだけれど、当選するにはこの記事にたくさんのコメントをいただく必要がある。だから、皆さんこぞって、コメントしてください。それから、コメントはお一人一回でお願いします(という決まりだから)。
・怠慢のせいか、今日自分のブログを見ると真っ白になっていた。スパムトラックバックが嫌がらせのように大量に送られてきて、そのたびにサイトが再構築される。それでこんなことになってしまうのだった。
・あれからダークロから2回電話があった。しかしその時もやはりぼくは運転をしていた。いったい何でいつも運転中を見計らって電話をしてくるのか。メールをしたところ、愛妻弁当を食べて毎日快適に過ごしているらしい。
・今日帰ってきて、パソコンを立ち上げると、ネットにつながらない。ADSLの問題かなと思って、IPフォンで携帯にかけると、050で始まる番号で着信がある。ということはADSLはつながっているわけだ。ぼくの部屋にはどういう訳か3台もパソコンがあるので、ほかのパソコンで試してみた。ネットにつながる。ということは、このパソコン固有の問題と考えることができる。まず、LANカードにPINGを打つ。返事がある。次にはルーターにPINGを打つ。返答がない。ルーターとパソコン間にあるスイッチングHUBにPINGを打つ。返事がある。LAN上のドライブにアクセスしてみる。アクセスできる。ipconfigでローカルIPアドレス、デフォルトゲイトウェイを確認。DHCPでアドレスはきちんと振られているようだ。ところが、ルーターにPINGを打って返答がなかったことからも分かるように、やはりルーターの画面を開くことができない。この辺でなんとなく解決策を見付けた。ルーターのDHCPがきちんと機能していないのだ。ほかのパソコンからルーターの設定をし、いまこうやって、ネットにつながるようになった。
・このごろ、目が悪くなったような気がしていた。活字なんか滲んで見えるし、遠くのものも以前はもっとはっきりを見えていたような気がする。それで、今日、横浜に行ったついでに眼鏡屋さんに行ってみた。視力を計ってもらうと、右が0.4、左が0.7、遠視、乱視とのこと。左目でものを見ているらしい。このようなレベルでは眼鏡は必要不可欠ではないけど、試しにかけさせてもらった眼鏡で新聞を読むと、活字がとても鮮明だ。はずすとやはり滲んでいる。遠くを見てもシャープに見える。安いし、買うことにした。それでフレームを探した。ところがぼくはまつげが長く(「おまえの長所は長いまつげだけだろ」ダークロ)、かなりの眼鏡でまつげがレンズに当たってしまう。そういうわけで、自然と選択肢が半減した。とにかくフレームを見つけ、ぼくも眼鏡一族の仲間入り(ぼくの周りには眼鏡をかけている人が断然多い)。
・久しぶりに風呂に入った。いつもシャワーだ。妹たちが来ていて風呂を入れていたので、一番あとに入った。長風呂をした。
・パソコンの調子が悪い。画像が入ったフォルダーを開くと強制終了し、再起動後「システムは深刻な危機から救われました」というようなメッセージが出る。エラーの詳細を見るとグラフィックカードの問題と出るので、グラフィックカードのドライバを更新した。しかし、それでも症状は変わらない。BIOSもアップデートしてみた。それでも変わらない。ノートンシステムワークスでウィンドウズの問題点を調べ、改善してもらった。それでも変わらない。念のためにウィルスのスキャンもするつもりだ。こんな症状を発生させるウィルスって聞いたことがないけど。買い換えるお金はないので知らないあいだに直っていて欲しい。そんなことってあるのかな。
・先日携帯電話に公衆電話から3回電話がかかってきた。あいにく運転中だったので、電話には出なかった。今どき公衆電話からかかってくることなんてあまりない。最初にかかってきたとき不審に思い、出るのにとまどった。それもそうだけど、公衆電話からかかってくると、携帯に「公衆電話」と出るのがおもしろい。電話の主はダークロだった。携帯を持っていないのだ。仕事上の理由でむりやりPHSを持たされたことがあるようだけど、いまはなにも持っていない。なにかポリシーがあるようだけど、よく分からない。やましいことをしているにちがいない。先日の電話もおそらくダークロからだと思うけど、こちらからかけ直すことはしなかった。こういうわけで、どんどん友達が減っていく。
・武部自民幹事長が「日本は天皇の国」と発言したそうだ。前後の文脈がまったく分からないので、詳細は分からないが、政治家として非常に思慮に欠けた発言だと思う。日本国憲法によれば天皇は主権の存する日本国民の総意に基づいてその象徴としての地位を認められる。「日本国民の総意に基づく」というのは擬制に過ぎないとしても、その規定の真意はあきらかに戦前の統治の総覧者としての、主権者としての天皇を否定するところにある。「日本は天皇の国」というのがどういう意味なのか不明だが、国会議員という地位は憲法が授権したものだ(似たようなことは以前にも書いた)。憲法によって授けられた権力を行使するものは憲法に背くことはできない。というのも、自らのよってたつ基盤を自ら切り崩し、自らの権力を否定するという自己矛盾におちいるからだ。
においのする音楽、ある色と強く結びついた音楽、そういうものが誰にでもあるのかわからないけど、ぼくはモーツァルトのバイオリン協奏曲第三番を聞くと、嗅覚と視覚が刺激される。この曲は中学生の頃、よく聞いていた。中学生くらいだと、感覚も鋭敏というか、独特のものがあって、そのころ聴いていた音楽というのはおしなべて、耳にのみ訴えるのではなく、色彩やにおいを想起させる。
眠れないとよくこの曲の第二楽章を聞いた。平凡なたとえだが、天上の調べだ。短いトゥッティがこの楽章のテーマを示す。するとソリストがあたかも天使が舞い降りてきたかのように、あるいは、プラトンのイデアはここにあると密かに、しかし、切実に訴えているかのように、バイオリンを奏ではじめる。オーケストラとソリストとの関係は親和的、調和的、かつ、緊張している。
この第二楽章は青を想起させる。澄み渡った青空よりも、小風吹く大洋の青よりも、さらに青く、美しい青。ぼくはそんな青を見たことがないが、この音楽がその青の存在を教えてくれる。