ちょっとおもしろそうなサービスを発見。P2Pで無料通話ができるらしい。さっそくダウンロードしてみたけど、話す相手がいないので使えない。IDはfigaro16です。見付けたら電話してきてね。ダークロは、インストールしてね!!
追補:質問がかなりあったので、もう少し書き足します。これは要するにYahoo!メッセンジャーやMSNメッセンジャーのようなものなんだけど、音声通話に特化している。既存のメッセンジャーで音声通話をするとまるでトランシーバーでやりとりしているようだけど、Skypeではまるであたかも電話のように、というか電話とまったく同じように同時に話すことが出来る。さらにSkypeのページの説明によると音質は固定電話より上とのこと。常時接続の環境があるなら電話で話すよりもこちらを使った方がよい。なんといってもただだから。
吉祥寺での一こま。けだるいね。
愛用のkiev35aはどうも壊れたらしい。シャッタースピードの指針が動かない。電池入れ替えたばっかりなんだけど。
これからはフルマニュアルカメラ修行でSMENA35使います。
画像がたまると管理が大変。
あまりに疲れて帰ってきたので、めずらしく母が平気と聞いた。よほど疲れて見えたにちがいない。遊んで疲れているのと母は笑った。ほんとうに遊んで疲れていた。
まるでレンジファインダーカメラのように焦点が合わない。前の車が二重に見える。車幅感覚もよく分からないので車線をふらふらと越える。これでは無事に家に着かないだろうとプントを路上に止めて1時間ほど寝た。窓を開けっ放しにしているととても気持ちのいい風が入ってくる。だいぶ気持ちもすぐれたと思い第三京浜に向かった。しかし依然としてレンジファインダーカメラのピントは合わない。ようようのていで家に着くと部屋に入りすぐに横になった。
薬を飲まないで寝るとたいていいやな夢を見て目覚める。薬を飲んで寝るとあまりいやな夢を見ないのはその大量の薬の中に安定剤が入っているからなのだろうか。例によって今日もいやな夢に起こされた。
ずっとぼくの心を占めるある女性が落ちぶれている。とても厭世的になり、たとえば一人酒を飲んで男にだらしなくなっている。服装も乱れている。どういういきさつからかぼくはふたたびかのじょに出会う。わが家、それもいま住んでいるこの家ではなく、どこか、よく夢の中に出てくる、国道1号沿いの荒れた家にやってくる。その家は木造で部屋が多くまるで迷路のようだ。その家の一部屋にかのじょは陣取る。決してぼくを責めない。ぼくはその厭世的なかのじょの生活態度を心配する。いろいろと話を聞くが、どれもこれも昔のかのじょとは違う。かのじょはあまりに変わってしまってぼくはとても心配する。一方いま付き合っている女性もまた家にいる。二人がかち合わないようぼくは苦心する。どうしていいのか分からない。とにかく心配で悲しいことはかのじょがこれほどまでに落ちぶれてしまったことだ。
そうして目覚める。夢の中の心配は現実のものにちがいないと思う。目覚めてしばらくはあまりに心配でかのじょに電話しようかとも思う。しかし、18才の時からのフロイティアンであるぼくは夢を分析し、ぼくの欲望をかいま見る。ぼくの欲望が汚らわしく思え、またいやな気分におちいる。
ミノックスコピーのKIEV35Aはおもしろい写真が撮れる。描写も立体的でうんぬん、というカメラ玄人の説明はできないけど。特徴的なのはカメラが小さいということ、シャッター音が小さいということ。それでこのような写真が撮れるのです。
カメラのことを若干書きながらもかんじんの写真はまったく載せていなかったので、載せようと思った。で、ぼくの家にはごろごろとカメラがあるけど、とりあえずSMENA SYMBOL(メードインソ連、1987年製)の写真をひとつ。スメナ8m、スメナ35、スメナシンボルに付いているT-43というレンズはあちこちで話題になっているけど、ほんとうにきれいな写真が撮れる。とりあえず、ありがちな写真を一枚載せておきます。
愛車punto,selectaのオイル交換をした。前回のオイル交換(車検時)から4000キロ超走っている。どこかのページでpuntoは3000キロほどでオイル交換をした方がいいと読んだので、交換することにした。
で、オイルをなににするか迷った。説明書によると10W40か5W30の部分合成油と書いてあった(最近説明書を見ていないのでたぶん)。10W40といってもいろいろある。イエローハットでふらふらと迷った。部分合成油と鉱物油の違いもわからないぼくにはどれがいいのか、ちんぷんかんぷん。店員とはなし、無難そうなモービルのなんたらSに決定。税抜きで3980円。工賃は黄色いカードの会員になっているのでただだった。それから、一応車検で交換済みとなっているはずのエレメントも交換。こちらはディーラーより高い1700円ちょい。なぜディーラーより高いのか詰問したところ、店員はとまどっていた。店員さんに正規品の金額を確認して注文してもらうよう依頼。昨日何回もイエローハットから電話があったけど、人とはなしたくない気分だったので出ませんでした。ごめんなさい。
オイル交換後の菅原プントはエンジンが変わったかのような走りだった。エンジンの音が静かだし、加速も気持ちいいほどスムース。エンジンオイル交換ってこんなに効果があるの?気のせいかしら。車に詳しい方教えてください。
このごろ、気温がだいぶ下がったので、エアコンをつけないことが多い。エアコンをつけないとこれまた菅原プントはとても快適な走りをする。ほかの車ではそういったことを体感でわかるほど感じたことはないので、エアコンをつけるのはpuntoにとって相当な重労働なのね。
最近ガソリン高いね。大衆車のくせにハイオク使用のpunto乗りにはきついです。
ヤフオクでpunto,selectaのカタログを入手。500円。黄色いカブリオに捧げる谷川俊太郎の詩がすてきだった。以下、カタログからほんの一部抜粋。
・フィアットがこれからのコンパクトカーの転換点として、確信を持って発表したプントは、ヨーロッパではデビューとともにさまざまな層から高い評価と支持を得て、ヨーロッパカーオブザイヤーも受賞しています。
・セレクタのベースフォルムをデザインしたのは、鬼才ジウジアーロ。車内スペースは最大に、ボディは最小に、というすべてのコンパクトカーに共通のテーマをクリアしながら、独自の外観と個性を創造すること。そんな難問に対する、ジウジアーロのアプローチは引き算ではなく、足し算から始まりました。・・・この手法により、プントは柔らかな丸みを帯びながら、機能的な直線を印象づけると同時に、たっぷりとした車室空間の創出を可能にしました。
・セレクタとカブリオに搭載されるエンジンはいずれも、SOHC直列4気筒1240ccのFIREエンジンで、統括制御のシングルポイントインジェクションを持つ、最新のシステムです。最高出力60ps/5500rpm(DIN)、最大トルク9.8kgm/3000rpm(DIN)のこのエンジンは、1750~4850rpmの範囲で、最大トルクの90%以上を発生。街中でのきびきびとした走りに比重を置いて設計されたものです。トランスミッションには電子制御式の無段階変速オートマチックECVTを採用し、クリーピングがなく継ぎ目のない加速が、スムースで安定した走りを生み出します。
ジウジアーロデザインといい、FIREエンジン搭載といい、ECVT搭載といい、やはりpunto,selectaはpandaのお姉さん?ぼくのようにお金がないけど、楽しい車に乗りたい方はぜひどうぞ。購入前はかなり心配だったけど、故障はあんまりないですよ。考えてみれば、ヨーロッパではばりばりの現役なのです。
達矢は救いを求めていた。彼は神の救済を信じていた。もちろん、神のことも救済のことも自覚してはいなかったけれど。彼はさまよえるオランダ人だった。実際彼は一つ所に落ち着いてはいなかった。仕事につき、しばらくすると辞めた。東京に出てきてから、その繰り返しだった。出てきたといっても、帰るところはない。
仕事帰りはいつも飲んだ。金はほとんど飲み代に消えていった。時には泥酔することも あった。そういう日の翌朝は便所で吐いて、何も考えようとせず、考えることは自分には許されていないといったふうに仕事に出かけていった。
ある夜、達矢はまた飲んでいた。ひとりだった。初めて来た店だった。路地にあるバ ラックのようなところだった。いまどきこんなところがあるのかと思った。ビルとビルとの間に無理やり建てたようで、同じような店が何軒か軒を連ねていた。そのなかの一軒に何気なく入ったのだった。太った、小ずるそうな女がママだった。焼酎のお湯割。疲れてるの?ああ、なるべく濃く作ってくれ。ごつごつした汚い手だった。その手で、達矢の前にコップを置いた。こんなとこ誰も来やしないだろう。三人も入れば、満席だ。飲んでいい?女は笑っていた。達矢は黙っていた。女は自分にも酒を作り、口をつけた。いただきます。あんたさあ、妙に甘ったるい声だった、こういうとこにはよく来るの?いいや、初めて。そっか、まあ飲みなよ。同じのでいい?しばらくそうして飲んでいた。女はずっと何か話していた。いつから商売をはじめたのか、どこから来たのか、景気のことだとか。あまり聞いていなかった。その声は誰も聞いていないテレビから聞こえてくる調子のいい声と混ざり合っていくようだった。タバコがないな、そろそろ行くか。行くってどこに?これからどこか行くところあるの?ないよ。そんなら買ってきてあげるよ、おーいちょっとまーさん、タバコ買って来て。ラッキーストライクだって。隣の店に話し掛けているようだった。何もそんなに大きな声出さなくても、どうせ壁ったってベニヤ一枚だろうに。女はテレビの音を小さくした。奔流を逆らって喘いでいる鮭を狙っている熊のような目つきだった。それは言いすぎか。女の目は曇っていたから。あんた女の子欲しくない?達矢は悟った。いくら?
コンビニで酒を選んでいた。女のほうを見た。女は何を考えているのか、ぼうっとこっちを見ていた。何か飲む?ビール。どの?何でもいいよ。達矢は缶ビールを何本か籠に入れ、自分のためにワインを買った。女はサンダルと網タイツをはいていた。髪は多分ウィッグを付けているのだろう。白人の人形のような金髪だった。そしてルイ・ヴィトンを持っていた。
いったいいつ頃からふつうの女と娼婦との区別がなくなったのだろうか?ふつうの女がみんな娼婦になってしまったのか?あるいは娼婦なんてものはいなくなってしまったのだろうか?今や「娼婦」なんて言葉は古語辞典にしか載っていないのかもしれない。文豪なんてものが過去の遺物になってしまったように。
だが、達矢は女に満足していた。ルイ・ヴィトンを持った女に。女が現在を象徴していたから。達矢はあらゆる意味において現在から孤立していた。現代のあらゆる思想家がまくし立てる意味においても。現実の生活においても。警備員をし、土方をし、食器洗いをし、ビルの清掃をやっていたひとりの男がどうやってこの現在に侵入していくことができるだろうか?現在性とはもはや自明のものではないのである。特にこの国においては。それは消費であり、洗脳であり、マスメディアであり、ポップスであり、渋谷であり、代官山であり、あるときは池袋で、新宿である(ああ、なんという同意反復!)。要するに現在性とはイマゴローグなのだ。
そして女たちは自ら記号へ、シーニュへと身を堕していった。親獅子が子獅子を千尋の谷へと突き落とすように。しかしそこには何ら荘厳さはなかったのであるが。二十世紀初頭、ソシュールは記号論を打ち立てねばならないと訴えた。期せずして、事態は今そうなった。娼婦と消費の大いなる記号論。
彼らはラブホテルの一室を取った。女は急いでことを済ませようとした。シャワーに入ると言った。そんなに急ぐことないじゃないか、俺は朝までおまえを買ったんだ。そうだまだ名前聞いてなかったね、なんていうの。なんて呼んだらいいんだい。女はカナエと答えた。どんな時書くの?可奈絵。本名かい?そうよ。達矢は可奈絵が服を脱ごうとするのを止めさせ、飲もうと言った。部屋は間接照明で薄暗く、石鹸の香りがした。そこは綺麗に施されてはいるが、牢獄にいるかのような印象を達矢に与えた。彼は可奈絵のためにビールを開けてやり自分はワインをビンから直接飲み始めた。可奈絵は特に美人といった風でもなく、堕落した仕事をしているようにも見えなかった。ただ、心が空っぽなのではないかと言った感じで達矢をじっと見つめていた。達矢は思わず目をそらした。