ぼくの父はアル中で死んだ。肝硬変だった。ひどい黄疸で、顔は真っ黄色で、目の白い部分まで黄色だった。最後、父は半ば自ら死ぬつもりで酒を飲んでいた。それは家計上の問題でもあり、父がこの世で居場所を喪失してしまったということでもあった。父は大変な慈善家であった。自分が弱者でありながら、弱者を見ると黙ってはいられない性質だった。若いときから誠実だった。父は学生運動で日芸の副委員長を務めた。学生運動が終結したとき、正確にいえば敗北したとき、学生としての本分を遂げるのかと当局に聞かれたとき、父は否と答えた。自分の成したげたことに誠実でありたい、父の願いはただそれだけだった。
父の友人たちはこぞって、当局の要求をのんだ。しかし、父は彼らを非難することは決してなかった。父は黙って大学を去った。ぼくはそんな父をひ弱だと思った。現実の就職やらなんやらを配慮し、当局と和睦した彼らを非難する資格が父にはあるのではないかと。年老いて、時に彼らに卑屈になる態度にぼくは激昂さえした。
若さ、これは永遠の美徳である。しかし、誰にも(そう、一人残らず!)、それは一瞬のものだ。ぼくも30代の半ばを迎え、いまだなにも成し遂げていないことに、非常な腹立ちを覚える。友人を見渡すと、それなりに成果を出した人もいる。ぼくは一体なにをなしてきたのだろうか?なにもしていない!なにも、なにひとつさえしていない。
そんなことを考えるとぼくにも黄疸の兆候くらい見えてもいいんじゃないかと思うけど、それもままならない。なにごとにおいても中途半端だ。なぜ父を責めることができたのだろうか?