›7 29, 2007

つまらない問題

 わたしはわたしの罪が因果応報でわたしのところへ、いやらしい微笑をもって帰ってきたのだと思っている。わたしを苦しめる問題はたいしたものではない。たいていの人々のたいていの問題がたいしたことのないのと同じだ。しかし、客観的にたいしたことのない問題でも、本人にとっては非常に意味がある場合がある。わたしの多少なりとも思弁的といえる活動は、このたわいもない問題によって停止してしまった。わたしは、たわいもない問題によってわたしのより重要な問題がおざなりになっていることが、更に問題であることを認識してはいる。しかし、心のもっと情緒的な面がわたしの悟性がわたしに命ずる指示を無視する。無視するばかりでなく、情 緒的な側面が勝利し、わたしの心を乗っ取ってしまった。もともと、情緒的なわたしは「情緒的なわたし」の奴隷と化した。  わたしは「情緒的なわたし」との静かな戦いに勝たねばならない。それは剣と剣とがぶつかり合う音もせず、ラッパの音もない不気味な戦いだ。なぜなら、「情緒的なわたし」はポオのカラスのように深夜にひっそりとわたしのこころに攻め行ってきて、わたしをすっかり腑抜けにしてしまったから。  くだらない喩えは止めよう。  書くこととは思考することだ。こうして少しだけでもわたしの問題について書いただけで、淡い希望を持てる。
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