最近更新ができない。というのも、書くにはばかることが多い。まず、身辺のことは書けない(書きたくない)。家庭内の事情も書けない(書きたくない)。そしてぼくが何者であるのか書けない。何者であるのかということは書きようがない、それはぼくも知らないし、ましてや誰かが知っているわけではない。
今日、正確には昨日だが、友人Tとガソリンスタンドに併設されているドトールで読書をしていた。しばらくすると、見知らぬ青年が話しかけてきた。Tの名を呼ぶのだ。懐かしいなぁとか言って。Tの高校時代の友人かなにかと思い、ぼくは黙っていた。話を聞いていると、彼とTとは小学生の時の友人らしい。すると、ぼくとも面識があるはずだ。だが、ぼくは彼が誰だか、誰だったのかさっぱりわからない。しかし、彼の方はぼくを憶えていた。ぼくの名を呼ぶのだ。小学3年生と4年生の時、クラスが一緒だったようだ。Kという名前を聞くとなんとなく思い出した。あまりにもなんとなくで、漠然とも言い難い。Kはわが家でぼくとともに段ボールで戦車を作って遊んだことなどを憶えているらしく、また、ぼくが小難しい本を読んでいるのを、あのときからそんな感じだったなと言った。Kは結婚して、子供が二人いるそうだ。もうそういう年代なんだなと感じはしたが、あまりにも人ごとで、わが身を省みるようなこともなかった。ぼくはといえば、相変わらずの瘋癲書生だ。周りもそんなようなのばかりで、根を張った生活をしているのがいないから、Kとぼくとでは、同じ小学校に通って、そのときは同じ空気を吸い、同じ時を過ごしながらも、いつしか、まったく別の道へと進んでいく、そんな当たり前のことが、実感されるのだった。
Kが子供二人に買ったケーキを持ち帰っていくと、しばらくTと昔話をした。昔話といってもお互い共通する話題はたいしてないから、お互いがてんでバラバラに自分の過去を話した。Tとは小学校の時からの友人ではあるが、たいして一緒にいた期間はないのだ。Tは忘却王を自認する。だが、忘却という点では、ぼくも引けを取らない。だいいち、小学生の時もあまり憶えていないし、中学に至ってはなおさら、高校も、高校中退後早稲田に入学するまでも不明な点が多く(レコードや本を収集し、熱心に聴き、読んでいたのはよく憶えている)、早稲田入学後の8年間も記憶が断片的にしかない。すべてを憶えている人はいない。程度の問題だ。しかし、ぼくの場合、Kと話したときのように、相手が憶えているのに、ぼくはまったく憶えていないということが多く、また、ある特定の時期をあたかも意図的に抹消しているようかのような記憶の配列などからして、一般的な水準よりも記憶が欠如、混乱しているようだ。「憶えていない」、「知らない」ということはなにかしらの徴候である。それがなんなのかもちろんぼくにはわからないし、わかったらぼくはぼくの過去を「物語る」ことができるだろう。