›11 17, 2004

mirというカメラ

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 いつ頼んだのかまったく憶えていないmirというカメラが来た。販売元の説明によるとライカをコピーしたzorki4というカメラのコピーらしい。コピーのコピー。その説明に魅惑されだいぶ前に注文した。その後気になったので、ネットで調べてみると、zorki4から低速のシャッタースピードが省略された廉価版で、その分故障もずいぶん少ないそうだ。
 届いたカメラは1959年製だ。59年といえばぼくが生まれるはるか前だ。ずいぶん使い込んだらしく、革製のカメラケースはぼろぼろで、接合部分などは革がだいぶ柔らかくなっている。これを、革の質は違うが、同じような作りのsmena8mのケースと比べると、いかに使われたのかがよくわかる。革のケースを開け、カメラを取り出す。カメラの方は、丁寧に扱われていたようで、年数を経てきただけの劣化はあるものの、しっかりとしている。
 それにしてもこのカメラは大きいし重い。巻き上げも指が痛くなる。いったいどんな人が使っていたのだろう。ほぼ間違いなく旧ソ連圏の人だが、それはどんな人で、どんなものを撮影していたのだろう。どこかに名前など書いてないか探してみたけど、どこにもそのようなものはなかった。ソ連時代の圧政のもと、このカメラの持ち主はなにを撮影したのか。廉価版を買うくらいだからそんなにお金を持っていたこともないだろう。しかし、いかに廉価版とはいえ、このような立派なカメラを買えて、なにかしらを撮影していたのだから極端な低所得者ということもないだろう(共産主義の国で低所得者という言葉を使うのはおかしいが、もちろんソ連にだって収入の格差というのはあったはずだ)。ぼくが想定するのはドストエフスキーの小説に出てくるような官吏である。しかしあのようにアル中であったりして人生の破綻者ではなく、生真面目な下っ端の役人だ。それで、このカメラを、もうこんな古いものはいらないとか、新しい日本製のカメラに買い換えようなどとはつゆも思わず、一生使い続けた。その人は死に、息子たち(あるいは娘たち)は二束三文でこのカメラを売り飛ばした。そうして、業者を通じてこのカメラはぼくたちが住むこの時代の日本へとやってきて、いまぼくの手元にある。
 いつからかわからないけど、旧ソ連圏のカメラがはやっている。おそらくソ連崩壊後だろうか。ライカはブランドだから易々と手にすることはできない。それでもライカのようなカメラを使いたい人、たとえばぼくが安く手にいれることができるのは旧ソ連圏のカメラだから、というのがひとつの理由だろう。もう一つの理由は、おそらくこちらの方が大きな理由だと思うが、次から次へと新製品が発売され、その結果ぼくたちも次から次へと新製品に買い換え、という生活様式にぼくたちは多少なりともうんざりしている。それは強迫観念的な欲望の増殖、連鎖である。半年前に機種変した携帯はいまではすでに古い。半年前に買ったデジカメもやはり古い。つい先日、購入したDVDレコーダーももう古い。2年前に買った車もすでにモデルチェンジしている。このような事態すべてがぼくたちに消費を促す。買い換えないことはあたかも怠惰であるかのように。


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