あまりに疲れて帰ってきたので、めずらしく母が平気と聞いた。よほど疲れて見えたにちがいない。遊んで疲れているのと母は笑った。ほんとうに遊んで疲れていた。
まるでレンジファインダーカメラのように焦点が合わない。前の車が二重に見える。車幅感覚もよく分からないので車線をふらふらと越える。これでは無事に家に着かないだろうとプントを路上に止めて1時間ほど寝た。窓を開けっ放しにしているととても気持ちのいい風が入ってくる。だいぶ気持ちもすぐれたと思い第三京浜に向かった。しかし依然としてレンジファインダーカメラのピントは合わない。ようようのていで家に着くと部屋に入りすぐに横になった。
薬を飲まないで寝るとたいていいやな夢を見て目覚める。薬を飲んで寝るとあまりいやな夢を見ないのはその大量の薬の中に安定剤が入っているからなのだろうか。例によって今日もいやな夢に起こされた。
ずっとぼくの心を占めるある女性が落ちぶれている。とても厭世的になり、たとえば一人酒を飲んで男にだらしなくなっている。服装も乱れている。どういういきさつからかぼくはふたたびかのじょに出会う。わが家、それもいま住んでいるこの家ではなく、どこか、よく夢の中に出てくる、国道1号沿いの荒れた家にやってくる。その家は木造で部屋が多くまるで迷路のようだ。その家の一部屋にかのじょは陣取る。決してぼくを責めない。ぼくはその厭世的なかのじょの生活態度を心配する。いろいろと話を聞くが、どれもこれも昔のかのじょとは違う。かのじょはあまりに変わってしまってぼくはとても心配する。一方いま付き合っている女性もまた家にいる。二人がかち合わないようぼくは苦心する。どうしていいのか分からない。とにかく心配で悲しいことはかのじょがこれほどまでに落ちぶれてしまったことだ。
そうして目覚める。夢の中の心配は現実のものにちがいないと思う。目覚めてしばらくはあまりに心配でかのじょに電話しようかとも思う。しかし、18才の時からのフロイティアンであるぼくは夢を分析し、ぼくの欲望をかいま見る。ぼくの欲望が汚らわしく思え、またいやな気分におちいる。