›5 03, 2004

東京都教育委員会国歌斉唱処分事件

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 ダイスケが風呂の扉を直したので、母のヌードを見るかもしれないという恐怖はなくなった。
 それはともかく、今日は憲法記念日なので、普段は考えないが、憲法について若干考えてみた。
 「国益と君が代」東京都教育委員会の「日の丸・君が代」強制に抗議する参照。
 「思想には税金がかからない」ということわざがある。なにを考えようが、国家はその個人に干渉しない、すべきでないということである。
 また日本国憲法は19条で「思想および、良心の自由はこれを侵してはならない」と定める。
 憲法について、いかなる立場をとるにせよ、規定がある以上、憲法によって授権された機関は憲法に反するいかなる行為を行ってはならない。国家(政府)も地方自治体も憲法によって授権された機関であるから、すなわち憲法を前提にしてその正当性が認められるから、憲法の規定に違反する行為を行うことは自己矛盾、自殺行為である。
 思想および良心は内心にとどまるかぎり侵してはならないのかどうか。東京都教育委員会処分事件におけるように外部に現れた面をも保障するのか。内心にとどまるかぎりの保障と考えると、19条は骨抜きになる可能性が高い。というのも思想および良心は本質的に発露、行為、表現を伴う。
 教員が卒業式において国旗に敬礼しないこと、国歌を斉唱しないことはかれの思想および良心に基づく行為である。かれの思想および良心が妥当なものかどうかは問題ではない。かれはかれの思想および良心に基づき国旗に敬礼せず、国歌を斉唱しなかった。
 問題は二つある。ひとつは東京都教育委員会は事前に「入学式、卒業式等ににおける国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」と「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針」を各都立校に送り思想および良心に密接に関連する行為を強制しようとしたこと。そして、事後に通達と指針に違反した教員を処分したこと。
 教育委員会の事前の行為は明らかに19条違反であり、事後の処分は、19条違反かつ人の内心の思想信条そのものを理由として不利益扱いしてはならないという14条違反であると思う。
 
 東京都教育委員会の行ったことはぼくの目には突出した出来事とは思われない。犯罪の増加に伴って処罰は厳罰化の方向に向かっているし、これまで犯罪ではなかったものが犯罪化されている。イラクの人質事件ではわれわれの渡航の自由・表現の自由という権利の危機はほとんど問題にならずに、人質になった人々の責任追及論が横行している。人々は強力な権力を求めているようだ。なにか社会問題が起きるとすぐに行政の責任、不作為を問題にする。政府にそれだけ過大なものを要求するということは同時にわれわれの政府への服従を意味している。ぼくはこういうことはたいへん危険な傾向だと思う。
 

Comments

 ご自身の考えが社会常識から乖離しているために、「いずれ迫害されてしまう」というご懸念をお持ちなんですね。お気の毒様です。でも、社民党や共産党だってまだ生き延びているんですから、日本社会には「懐の深さ」があると思いますよ♪

Posted by: ひでりん at 2004年05月28日 10:14
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